◎ 42
更衣室まで全力疾走する私。
ここまで翔音くんに会わなかったということはすでに中に入ってしまったということで……。
もう手遅れ!?
「っ、翔音くんッ!!」
更衣室のドアを思いっきり音をたてて開け放った。
「……………」
……ん?
「あ、芹菜ちゃんも来たんだね!!」
更衣室にいたのは、椅子に座った翔音くんと、5人くらいのうちのクラスの女の子たち。
女の子たちはみんな違うメイド服を手にしている。
ん?
状況が読めない。
「ねー、芹菜ちゃんはどれがいいと思う?」
「……へ?」
1人の子が持っていたメイド服を座ってる翔音くんに合わせる。
「うちのクラスの女の子、何人かちゃんとしたメイド服持ってる子いたから、それは翔音くんに着てもらおうと思ってね!!」
「あとウィッグも持ってるからついでに合わせてみようってことになって」
「でもみんな似合っちゃうから困ってんのよねー」
女の子たちは、きゃいきゃいと楽しそうにしていた。
な、なるほど、そういうわけだったのね。
楽しそうにしている彼女たちをよそに、私は小声で翔音に話しかけた。
「……随分とおとなしいね、翔音くん」
「………」
「着せ替え人形みたいにされてるけど、大丈夫?」
「………………………」
無言でそろりと目をそらされた。
大丈夫じゃないんだろうな、これは。
まあ確かに女の子たちが凄く楽しそうに衣装合わせたりウィッグ合わせたりしてたら、圧倒されて何も言えなくなるよね、普通は。
「だから前に言ったじゃん。衣装合わせたりするときの女の子たちには覚悟したほうがいいよって」
「……俺のていそう、奪われた?」
「あれ?!その言葉は忘れろって言ったよね?!」
何しっかり記憶しちゃってるの!!
「あっ、そうだ私まだ自分の衣装作り終わってないんだった!!」
「あ、私も終わってない!!」
「私もだ!!」
突然声をあげて焦り出す彼女たち。
そういえば私もズボンはできたけど上はまだ型抜きしただけだった。
「ごめん芹菜ちゃん、このメイド服一旦預けてもいいかな?」
「えっ?」
「ほら、芹菜ちゃんってよく翔音くんと一緒にいるから、衣装合わせもしやすいでしょ?」
「いや、それはまあそうだけど、でも私もまだズボンしか出来てない……」
「それなら私やっとくよ、結構裁縫は得意だからまかせて!!」
「え、いいの?負担かからない?」
「大丈夫だって!!そのかわり翔音くんの衣装合わせお願いね。翔音くん小柄だからサイズは大丈夫だと思うけど肩紐の長さは変えないと着れないから」
「あ、うん、わかった、ありがとう」
「じゃあよろしくね、ウィッグもここに置いておくから!!」
そういって彼女たちは更衣室を出て行った。
私と翔音くんはしばらくその場で固まっていた。
まあ、いいのかな。
苦手な裁縫をやってくれるみたいだし。
「……えーっと、翔音くん、どれ着たい?」
とりあえず私は彼女たちから渡されたメイド服を持って見せてみる。
翔音くんは僅かながらも微妙な顔をしていた。
……やっぱり女装には抵抗あるよね。
でも決まっちゃったから変えられないし……。
「大丈夫、うちのクラスの男子はみんな着るし、1日の辛抱だから!!」
「……芹菜が着ればいいのに。バイトで着てるし」
「女子は執事服だからね。それにバイトで着てるっていっても、こんなにフリフリしてないから」
渡されたメイド服はどれもみんなフリルがたくさんある。
1番少ないやつでも、私がバイトのときに着てるやつよりは多いだろう。
「じゃあこれにしよ!!これならまだフリル少ないほうだし、割とシンプルだから」
1着のメイド服を翔音くんに見せると、渋々といった感じだがとりあえず頷いてくれた。
あとはウィッグかー……。
確かに、どれも似合いそうだけど……。
私が床に置いてあるウィッグを見ているときだった。
ガラッ
「藍咲さんいる?」
更衣室に入ってきたのは剣崎くんだった。
「あ、ごめん、もしかして俺邪魔した?」
「え?いや、そんなことないよ」
「ならいいけどよ。ってか何してんの?」
「あー、と、翔音くんが当日に着る衣装選んどいてってクラスの子たちにいわれて……」
剣崎くんが怪訝な顔をするのも無理はない。
椅子に座っている翔音くんの足元で私はしゃがんでメイド服とウィッグに囲まれているんだから。
結構異様な光景だと思う。
「はー、なるほど。すげーレースみたいなのついてんな。俺じゃ着れないわ」
むしろサイズ的に無理だろ。
「それより剣崎くんは何でここに?」
「あぁ、藍咲さんの衣装を他の女子が作ってたから、なんかあんのかなーと思って探してた」
「そうなんだ。……まあ見ての通り私は衣装選びですね」
私は少し苦笑した。
何故私はこんなに頑張って選んでいるのか。
頼まれたら断れないこの性格のせいなんだろうけど、翔音くんが美少年すぎてどれも似合っちゃうのもいけないと思う!!
一緒に住んでるんだから、その美貌私にも分けてよ!!
「頑張ってんね。それ着んのが藍咲さんなら俺が一番似合うやつ選んでやれるけど、男だとさすがに俺でもどれが似合うかはわかんねーわ……」
さすが女好きチャラナルシスト。
その女の子に一番似合う服を選べる自信があるってか!!
「じゃあ俺そろそろ戻るわ、仕事放ってきちゃったし」
「え、そうなの?私がどこいったかなんて私の衣装作ってる子に聞けば済むでしょ?」
「まあな。けどこれは直接言ったほうがいいだろうと思って」
「これ?」
「当日のデート、忘れんなよってな」
「あ……、う、うん……」
剣崎くんの勢いに私は驚きながらも辛うじて頷いた。
そんな完璧な笑顔向けないでください。
好きでなくとも緊張するから!!
更衣室から剣崎くんが出ていき、また静かになった。
さて、まだウィッグどうするか決めてないんだよね。
「翔音くん、さっきの続きなんだけど、ウィッグ…………、翔音くん?」
そういえばさっきからずっと無言だったなあ。
それに、なんだろ……、空気が重いような……。
「……ねえ、」
「は、はイィィィ!!」
「デート、するの?」
「……へ、」
しゃがんだままの私から見えるのは、私を見下ろす翔音くんだけ。
どうやら無言だったのはさっきの会話を聞くためだったみたいだけど……。
すると翔音くんも椅子からおりて、私と同じようにしゃがんだ。
「……するの?デート」
「え、いやあ……あの、」
「どっち」
「しっ、しまっ……、す……、」
ふ、不機嫌だ、翔音くんすごく不機嫌だ!!
正直に言わないと殴るよみたいな雰囲気だよ!!
いや、翔音くんにかぎって殴るなんてことはありえないけど、でもなんかそれくらいの迫力だよこれ!!
な、何で!?
不機嫌になる要素がどこにあった!?
それにしても一番驚いたことが、
「翔音くん、デートの意味知ってたの……?」
そう、だって以前朔名に彼女欲しいだろ?って質問されてたとき、彼女の意味知らなかったし。
「……馬鹿にしてる?」
「しししししてないしてない!!違くて、あんまり興味なさそうだし、誰かに教えてもらったのかなーって……」
「朔名から聞いたけど」
……やっぱり朔名だったか。
なんかこれだけじゃなくて他のいらない知識も教えてそうだなあいつは。
「……どっち?」
「え、何、が?」
「……まわる日」
「あ、剣崎くんとってこと……?えと、1日目、だけど」
「……そう」
そのまままた黙ってしまった翔音くん。
でも、日にちなんか聞いてどうすんだろう。
いや、その前にちゃんと言っとかないと!!
「あのねっ、違くて、別に私から剣崎くんに一緒にまわろうって言ったわけじゃなくて、なんか、向こうから突然誘ってきましてですね……っ!!」
「………」
「あ、剣崎くんが嫌いってわけじゃないよ!?でも私は玲夢たちとまわろうと思ってたから……、」
「……断らなかったの?」
「いや、断ろうと頑張ってはみたけど……、その、向こうの勢いに押されてしまいまして……、」
「……やっぱり芹菜馬鹿」
「う……っ」
また馬鹿呼ばわりされた……。
今まで何回言われたことか。
言っとくけど私は馬鹿じゃない。
頼まれたら断れないチキンな性格なだけだ!!
……あれ、悪化してる。
はあ……、さっきから話が脱線しまくってて全然衣装が決まらない。
ウィッグはもう私が勝手に決めてしまおうかな。
あとで何か言われても変更できませんよって感じで。
私を馬鹿呼ばわりした罰だ!!
「翔音くん、ウィッグは後で私が決めるから、とりあえず教室もどろ?レイアウトとかまだ終わってないみたいだしさ」
「………」
「……翔音くん?聞いてる……?」
立ち上がったはいいものの、翔音くんは答えもしないし、動こうともしない。
……どうしたんだろう?
「……翔音くん?」
「……2日目、」
「え?」
「……2日目、まわろ?」
「……?誰と?」
「……俺以外誰がいるの」
「わわっ、ごめん、不機嫌にならないでっ!!」
だって主語がなかったから!!
察しなかった私も悪いけど、お願いだから不機嫌にならないで!!
美女が怒ると怖いのと同じように、美少年も怒ると怖いんです!!
「翔音くん、橘くんたちとはまわらないの?」
「……1日目に約束した」
「あ、そうなんだ……そっか」
「だから2日目、まわろ」
「あれ、そこ疑問形じゃないのね。もう確定なのね」
「……だめ?」
僅かにこてんと首を傾げる翔音くん。
……ねぇねぇ、それはわざとなんですか!?
もしかして狙ってるんですか!?
こうすれば大抵の女の子は落とせるみたいな計算でもあるんですか!?
可愛いよ!!
かなり可愛いんですよ畜生!!
絶対これ自覚ないよこの美少年!!
純粋すぎて逆に辛い!!
「……だ、だめじゃ、ない……です」
途切れ途切れながらも頑張ってそう答えると、翔音くんは僅かに微笑んだ。
あーもう、心臓の音がうるさい。
ただ笑顔をみただけなのに、すごくドキドキしてる。
顔もだんだん熱くなってきた。
「は、はやくっ、教室もどろっ」
火照った顔を誤魔化すように私はそういい、足元にあるメイド服とウィッグを手に持った、
……ところで大事な事に気づく。
「……ねえ、翔音くん、」
「……何?」
「2日目ってさ、一般公開で各クラスの出し物の日なんだ」
「……知ってるけど」
「うん、だからね……、その日はずっと衣装を着てるわけだから、翔音くん……、メイド服のまままわることになるんだよね」
「……………」
42.イケメンからのお誘い
(……やっぱり教室にいる)
(うん、わかった。まあでもお客さん来たら嫌でも見られるけどね)
(……帰る)
(帰れません)
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