42


「なあなあ、メニューってこれだけだっけ?」

「この花瓶どこに置く?」

「誰かちょっとミシン借りてきてくれなーい?」



学園祭の準備も進んできて、今日からは準備できたものから順に教室をレイアウトしていく。



この前私たちが下見に行ったおかげもあり、テーブルクロスや植物や食器は既に購入済み。


今は実際にそれらをレイアウトしている最中だ。



男女逆転メイド喫茶といっても、あくまでもレイアウトに関しては普通の喫茶店。


白とベージュを基本とした色合いに、薔薇などのアクセントをいれたオシャレだけど落ち着いた雰囲気のものに仕上がる予定だ。


現実を言うと、学園祭が終わった後購入したものを学校側に寄付して、職員室などにレイアウトされてしまうことを考えると、非常に落ち着かないだろう。




まあそんなこんなでだいたい進んできている準備。



で、肝心の私は何をしているかというと……。














「うっとおしいんで帰ってください」



生意気な後輩のクラスの潜入捜査です。




「別にいいじゃん、同じ学年は何の出し物やるかはわかってるけど、違う学年が何やるかわかんないんだもん」

「だからって何故俺のクラスにくるんですか」

「だって桐原くんしか知ってる後輩いないし」

「後輩から慕われてないってことですね」

「ただ単に帰宅部だからだよ!!」




相変わらず生意気なところは健在ですね。



「で、何やるの?」

「俺が教えると思いますか?」

「……ダメなの?」

「当日の楽しみがなくなってもいいなら教えてあげてもいいですよ」

「う……、」



た、確かにそれは嫌だ。

最後の学園祭だし全力で楽しみたい。


ここは、我慢か……。



「わ、わかった。当日の楽しみにするよ」

「ちゃんと”待て”が出来るんですね、凄いですよ芹菜先輩」

「世間ではそれを褒めているとは言いません」





仮にも先輩を犬扱いにするなんて!!

……いや、この人の場合むしろ私を先輩だとは思ってないだろうな。





「……それにしても芹菜先輩、こんなところで油売ってていいんですか?」

「え?どういう意味?」

「仕事はどうしたんですかって聞いているんです」




その言葉に私はピタッと固まる。





「……え、えっとね、」

「………」

「……さ、サボっちゃった」

「……人のクラスの詮索してる場合ですか」

「で、ですよねー」




だ、だってさ、サボりたくもなるよ。


私が今やっている仕事は衣装を作ること。


男子はほとんどがそういうの苦手だから、女子は自分の衣装と男子の衣装を合わせて2着作ることになっている。


それでも女子の方が人数が多いから、ミシンが得意な子たちを優先に2着作るみたい。

だから私は運良く自分の衣装だけで済んだんだけど……。





「あ!!芹菜お前こんなとこで何やってんだよー!!」



廊下を走ってこちらまで来たのは橘くんだった。



「げっ、た、橘くん……」

「宮下が探してるぞ、すんごい形相で」

「うわぁ、まじか」




サボったのがバレたか!!

うわやばい、早く戻らないと!!



「じゃ、じゃあ桐原くん、準備頑張ってね」

「当日棗のクラス遊びにいくかんな!!」




私達は急いで教室に戻る。





「……芹菜先輩、」

「うわっ、はい?」



走り出す前に桐原くんに呼び止められて振り返る。




「当日、楽しみにしていてくださいね」

「え?あ、うん」

「芹菜先輩のために頑張って準備しますから」





その言葉を最後に私達は教室へ向かった。


向かっている最中、私は自分の心臓がやけにドキドキしているのがわかった。


走っているからじゃない。

さっきの、桐原くんのせい。


私は何も言い返すことが出来なかった。


だって……っ、



「なあ、お前棗に何かしたのか?」

「っ、え?」

「だって棗が最後言ったとき、すんごい何か企んでるような顔してたじゃん?」




そう、そんなんです。

あの台詞に加えて微笑んでくれていたらときめいたかもしれないけど、とんでもない。


あんな優しい台詞のくせにすっごく怪しく絶対何か企んでるような顔してたんだよ!!


当日私、絶対何かされるよこれ!!

怖いよ、寒気がするよ!!



そういった意味で私の心臓の音がうるさかった。





「おかえり藍咲さん。俺が何を言いたいのか言わなくてもわかってるよなー?」

「は、はははははっ、もっちろんだよ宮下くんッ」



怖い!!

目が全く笑ってない!!

潜入捜査したはいいけど結局収穫も無かったし、ほんとにただサボった事実だけが残っちゃったし。





宮下くんのプレッシャーを感じながらも私はミシンで衣装を縫っていく。



生地を型通りに切って縫っていく、言葉でいえば簡単だけど実際はかなり手間がかかって難しい。


ちゃんと寸法を図らないと出来上がりが悪く見えてしまうので、そこらへんは特に注意しないといけない。



けどまあ真っ直ぐに切れないわ縫えないわで、てんやわんやな状況に私はいる。




私は今ミシンでズボンを縫っているのだけど……、




「……ま、真っ直ぐ縫えない……」



仮にも女の子であるのにこの不器用さにはほとほと困っている。



ミシンの縫うスピードは、ゆっくりと普通の中間に設定してある。


それでもやっぱり、生地を押していくのは自分なのでどうしても斜めになってしまう。



あーもう、なんで斜めになっちゃうかなー。





ガガガガッ




「うぇっ、な、何事!?」



突然ミシンが変な音を立てた。


生地をどちらに動かしてもその場から全く動かない。


でも針は動き続けているので、同じ場所を何度も縫っていってしまう。




「え、わっ……、ど、どうし、よ……誰か……ッ」

「藍咲さん、足、足で押してるスイッチを離さなきゃ」

「っ、え、あ!!」



パッと足をどかすとすぐにミシンの針は止まってくれた。



あ……、よ、よかった、止まった。





「大丈夫?藍咲さん」

「あ、ありがとう剣崎くん……」




私を助けてくれたのはまさかの剣崎くんだった。


ダンボールを抱えてるところを見ると、彼はちょうどレイアウトに使う材料を運んでいる最中だと思う。




「なんかトラブった?」

「あー、うん……、ミシンが何か、おかしくなった」

「ふーん…………あっ、なあお前これちょっと頼むわ」



近くを通ったクラスの男子に持っていたダンボールを渡した。




「藍咲さん、ちょっとごめん」



そういうと私の隣に来て、縫っている最中だった生地に触れた。




「あー、これ下糸が絡まってんだきっと。糸切りバサミ持ってる?下のボビンの糸切るから」

「い、糸切り、バサミね、うん、持ってる持ってる」




私は裁縫道具から糸切りバサミを取り出し、剣崎くんに手渡した。




生地が破れない程度にグッと引っ張って、伸びた分の糸を切っていく。


上糸と下糸、それから無駄に同じ場所を縫ってしまった糸も全て綺麗にとってくれた。



「ん、全部切れたかな。穴あいてっけどちょっとずらして縫えば目立たねーから」



そういって綺麗になった生地を私に渡した。



「あ、あり、がとう……?」

「……俺が裁縫出来んのが意外って顔してんね」

「……うん、そりゃあ、」




だって、ね?

見た目がこんな派手なのに。

まさか裁縫が出来るとは誰も思わないと思う。




「まあ元々手先が器用ってこともあるけどさ、裁縫出来る男子ってのも意外性があって結構クるだろ?」



クるって何だ、何がどこに来るんだ。



ってか近い近い近いッ!!
剣崎くん、君とっても近いよ!!

やってもらったのはありがたいけど、すっごく近いです!!



やっぱりこの人はナルシストだ!!

自分の顔の良さ理解していらっしゃる!!

だからこんな至近距離で完璧な笑顔出来るんだ!!

きっとこれで何人もの女の子を落としたに違いない!!





「……んー……、藍咲さん中々手強いね、他の子と違う」

「はい?何が?」

「いや、何でもねーよ」




また困ったら俺のこと呼んでいいからと言い、去り際に私の頭をぽんぽんして自分の仕事へと戻っていった。



うん、何がしたいんだろう。

あ、でも助けてくれてありがとうです。




「で、できたァァァ」


あれから2時間弱、ミシンと格闘していた私だったが、やっとズボンを完成させることができた。


斜めって縫ったとこいっぱいあるけど、なんとか履けるものが出来たし結果的にはよかったかな。



これも意外な人物、剣崎くんのおかげだ。

あとでまたちゃんとお礼言わないと。





「おっ、できてんじゃん」


後で、と考えているとその張本人が私の今出来たばっかりのズボンを広げて見せた。



「ん、頑張った頑張った、お疲れさん」



またさっきのような完璧な笑顔で私の頭をくしゃりと撫でる。



私は苦笑いになった。

……イケメンの笑顔はある意味目に毒である。


そして剣崎くんはよく私の頭を撫でる。

撫で癖でもあるのかな?
それとも私の頭が撫でやすい形してるのかな。




「あー、んと、さっきはありがとうね、本当、助かりました」

「ん?ああ、いーよいーよ。あん時の藍咲さんかなり焦ってたから、なんか助けたくなったんだよね」

「そ、そう、なんだ」



いやあ、そんな何て返せばいいかわからないような事言わないでくださいよ。



「これで借りひとつだな」

「え、か、借り?」

「そ。んじゃあその借りを返すってことで、俺のお願い聞いてくんね?」

「あー、うん、どうぞ」

「学園祭当日、俺とデートしよ」

「うん………………、うん?」




はて、今何か不吉な言葉が聞こえたような。



「今頷いたな?じゃ、デート決定」

「ちょぉ……っ!?ちょっと、待って!?何でそうなるの!?」

「俺がデートしたいから」

「えええ、そんなの他にも剣崎くんとまわりたい子いっぱいいるじゃん!?」

「藍咲さんじゃなきゃダメなのー」



”なのー”って言われても困るんですけど!?



私は玲夢と柚子とまわろうかなって考えてたし。


それに、翔音くんだっているし………………、あれ?



ここまで考えて私はふと疑問に思う。



玲夢たちはわかるけど、どうしてここに翔音くんの名前が出てくるんだ?


確かに買い出しとか家の用事で出掛けるときなんかは一緒に行っている。


でもそれは1人より2人のほうが効率がいいっていう意味もあるから、 別に一緒にいようが普通のことだ。



でも今回は学園祭、つまり言ってしまえば遊びのようなもの。


翔音くんだって橘くんや他の友達とまわりたいはず。


私とまわらなきゃいけないなんて義務はない。

遊びなんだから好きな人同士でまわったらいい。




なのに、何で今私の頭に翔音くんが浮かんだの……?



……一緒にまわりたい、とか?

そりゃあまわりたくないわけじゃないけど……。

でも、なんだか私が強制してるみたいな……。


ああああもう何!?

すっごくモヤモヤする!!






「藍咲さん、ずっと百面相してっけど、へーき?」

「……ッはわ!?」



いつの間にか、剣崎くんがすごく近くで私の顔を覗き込んでいた。


ぜ、全然気が付かなかった。




「なんか悩んでんの?」

「え、や、別に、なんでもないよ」



こんなこと相談したってしょうがないし……。


うん、きっといつも隣に翔音くんが居たから自然と頭に浮かんだだけかもしれないし!!



ちょっと頭に引っかかりを覚えながらも私は無理矢理納得した。




「そ?ならいいんだけど。ほんとに悩んでんなら俺に相談しろよな」

「あ、あはは……はは」



……悩みがあるにしろないにしろ、何でそれを剣崎くんに相談しなきゃいけないのでしょうか。


そりゃあまあ、他の人より女の子のこと色々知ってそうではあるけど。



うーん、あんまり深く考えてもわからないし、いいかな。




「んで、その一緒にまわる日だけど、1日目のステージの日でいい?」

「え、待って、まだ私一緒にまわっていいなんて言ってない……」

「さすがに俺も2日目の一般公開の日にメイド服姿でまわりたくねーし」

「いや、だから、」

「まあまわるっつってもステージだから一緒に見てるって感じだけどな」

「おい、聞けよ」




……結局、剣崎くんとまわることになってしまった。



だって断ろうとしても剣崎くんに言葉を遮られて言うに言えないんだ。



うん、別に彼が嫌いな訳じゃないよ、……ちょっと苦手なだけです。



たださ、剣崎くんってすっごくモテるし、女の子の友達すごい多いらしいんだよね。


つまりこの学園で彼は結構有名なわけですよ。



結果、一緒にまわったらかなり目立つじゃん!?

私の平凡奪われるじゃん!?

どうしてくれようぞ!!




私はため息をついた。


まあでも、彼が言った通り1日目はステージメインだから、そんなに歩き回らないだけいいのかな。




「芹菜さん?ため息なんかついていらしてどうなさったのですか?」



私の目の前にいたのは、きょとんと首を傾げた柚子だった。




「柚子〜、助けてえええ」

「はい?」

「実はさ、学園祭当日の1日目に剣崎くんとまわることになってしまいまして」

「まあっ、良かったではないですかっ」

「え、良かった?!何で?!」

「剣崎さんは女の子の中でもかなり人気が高いですもの。そのような方と一緒にまわられるだなんて素晴らしいと思いますよ?」

「いや、確かにそうかもしれないけど、なんか怖いじゃん、裏とかありそうで!!」

「裏、ですか?」

「そう!!だって、可愛い彼女何人もできたことある剣崎くんが、突然何の変哲もない平凡な私を誘うだなんておかしいじゃん?!」

「………」

「きっと裏では”暇つぶしに誘っただけだよ。じゃなきゃお前みたいな対して可愛くもない女誘うわけねーだろ”ってなってるに違いない!!」

「芹菜さんのそのとんでもない想像力のほうがおかしいと思いますけど」




うわああああっと頭を抱えて嘆く私と、冷静に突っ込みをいれる柚子。


……絵面がおかしい。




……というか自分で言っておいてあれだけど、剣崎くんてこんなキャラだったっけ?


さっきはすっごく優しかったし助けてもらったし……、なんだかキャラを履き違えているような……。


あっ、だから裏なのか!!??




「そんなに深く考えなくてもいいのでは?確かに女遊びがすごいとは聞きますが、女の子相手に手を上げたり酷いことをしたという噂はあまり聞きませんから」

「う、ん……、そうかなあ……。それならいいんだけど」

「嫌いではないのでしょう?」

「うん、嫌いではないよ。あんな感じの人と関わった試しがないから戸惑ってるだけ」

「なら関われる絶好のチャンスですね。関われば良いところがたくさん見つかると思いますよ」

「……そうだね、関わる前からいろいろ言うのは失礼だよね」

「そうですね。……でも芹菜さん、浮気はダメ、ですよ?」

「うん、浮気は…………え、浮気?」




人差し指を口に当ててウインクする柚子はとっても可愛い。


可愛いけどさ、




「ゆ、柚子?あの、浮気ってなんですか?」

「付き合っている異性がいるのに、他の異性に好意を寄せることですよ」

「いや、そんくらい知ってるから!!」



さすがに私だってそこまで馬鹿じゃないよ!?




「だって芹菜さんには翔音さんがいますもの」

「……ほわっつ?」



な、なんで翔音くんが出てくる?



「だから、浮気はダメですよ?」

「いやあの、どうしてそこに翔音くんが……、」

「ダメですよ?」

「あの、だから、」

「ね?」

「ははははいぃぃぃぃッ!!」



うわああ出たよ出ちゃったよ、柚子の笑顔の圧力!!


頷くことしかできないよ!!





「あ、そういえばその翔音くんはどこいったの?教室にはいないみたいだけど……」



レイアウトや衣装をつくっている人たちの中にあの目立つ紫の頭は見当たらない。



「翔音さんなら、さっき更衣室のほうへ行かれるのを見かけましたよ」

「へぇー、更衣室に……、」

「ええ。なんでも衣装を………、あら、芹菜さん?」



柚子の“更衣室”という言葉を聞いて私は一時思考停止する。


あれ、ちょっと待って。


確かにうちの学校には更衣室はそれぞれの学年にひとつある。


主に体育があるときに使うのがほとんどだ。


ここまではいい。



でも着替えるといっても、男子は教室で着替えるので、どの学年の更衣室も女子専用となっているわけだ。



…………。




「更衣室ぅぅぅぅ??!!」




ええええ、ちょ、ほんと待って?!


今は準備期間で体育の授業はないけど、衣装合わせとかで女の子たちが更衣室で着替えてるかもしれない可能性あるよね?!



そんな場所に翔音くん行ったの?!



い、いや、翔音くんに限ってそんなことは……、あああでも翔音くんだって男だし……いやあでもでもそそそそんな……っ?!




「わ……っ、わわ私更衣室行ってくる!!」

「えっ、あ、芹菜さん?!」




柚子の引き止める声を後にしながら私は更衣室まで猛ダッシュした。




「あぁぁ……、行っちゃいました……、芹菜さんきっとすごい勘違いしてますね、あのご様子ですと」



苦笑いしながらも、ちょっといたずらっぽい笑みをする柚子を、もちろん私は知らない。

prev / next


back
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -