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翔音くんが帰ってきた。


そのことが嬉しくて、いつのまにかぽっかり空いてしまった心の溝は、綺麗に無くなっていた。





朔名が帰ってきたあと、私たち2人は翔音くんにいろいろ聞いた。


陸さん達のことや、戻ってきた理由など。



翔音くんの答えは簡単だった。



「ここに居たいから」



その一言だけだった。

彼らしいといえばらしいけど。



陸さんも七海さんもそのことに反対はしなかったらしい。



“翔音が笑っていられる環境があるのなら、そちらで幸せになってほしい”


何よりも彼の幸せを願った内容の手紙を貰った。



七海さんとはちゃんと和解したらしい。

どうやって、とは聞かない。

でも、あの翔音くんの笑顔をきっとみたんだろうと私は思う。





そういった内容を話したのは今から約2時間くらい前のこと。


その後は以前と同様、みんなで夕飯を食べ、私は先にお風呂にはいった。


そして今はお風呂が空いたので、翔音くんを呼びに部屋に来ていた。







コンコン


「翔音くーん、入ってもいい?」



返事が返ってこない。



「翔音くーん?」


もしかして寝ちゃったのかな?


そう思い、私はドアノブに手をかけた。




が、




ガチャ


バァァンッ


「いだあああっ!?」



最初に言っておくけど、うちの家のドアは全て外開き。


だから、私がドアを開ける前にドアが開いたので、思いっきり私の顔面に激突したわけである。




「ぐ……ぅ、うぅ……っ、いたぁぁ……」

「………………」

「な、何その目はあああ!!そんな呆れた目で見るなっ、めっちゃ痛かったよ今の!!」

「……ごめん、?」

「……うぅぅ……」

「……部屋、入る?」

「…………入る」




じとーっと睨みながらも私は部屋に入った。



私達は一週間前のときと同じようにベッドに腰をかけた。




「……何か用でもあったの?」

「あ、うん。お風呂空いたよって言いにきた」

「……それだけ?」

「それだけだけど」

「……やっぱり馬鹿だね、アンタ」

「えっ、なんで!?」




いきなりそんなこと言われても困るんだけど!?



「……それだけならドアの外で言えば済むでしょ」

「……あ」

「……なのに入ろうとして顔ぶつけるし」

「いや、それ私悪くないよね」

「……また怪我してる」



そういって翔音くんは私の頭に手を置き、親指で赤くなっているおでこをなぞった。




前もそうだったけど、最近こんな感じのスキンシップ(?)が増えた気がする。


嫌じゃないけど……、どんな顔していればいいかわからず、私は下を向いた。



な、何か話題!!
会話が無いとこの状況はなんだか恥ずかしい!!


ぐるぐると思考を巡らせ、さっきの会話でふと思ったことを言おうと思った。




「……翔音くんさ、」

「……?」

「……私の名前、覚えてる?」

「…………」




この3ヶ月、そろそろ4ヶ月は経つのかな。

翔音くんに名前を呼ばれた記憶が一度もないことに気づいた。



いつも“ねえ”とか、“アンタ”とか呼ばれてた。



翔音くんのことだから、もしかして名前覚えてないのでは?と思った。


まあ名前くらいまた教えればいいけど、ちょっぴり悲しいと思う自分がいた。



私は今下を向いているので翔音くんがどんな顔をしているかわからない。


でも無言が続いているので、やっぱり覚えてないのかなと実感した。









「…………芹菜、」



「……えっ、」



今……、



「……芹菜」



私はバッと顔を上げた。


目の前の赤く、だけど純粋な目を見た。


初めて名前を呼んでくれた。


嘘じゃないよね?

ちゃんと、覚えててくれた。



まず、翔音くんの口から人の名前を聞いたことがない。

だからすごく新鮮な感じがする。




「……芹菜」

「……うん」

「芹菜」

「…………、」

「…………芹菜?」

「……っ、そんなに何度も呼ばないでっ」




ただでさえ隣に座っていて距離が近いのに、頭に手を置いたまま至近距離で何度も名前呼ばれたらたまったもんじゃない!!




「……名前聞いたのはそっちでしょ」

「そ、そりゃあ、そう……だけど……っ、そんなに連呼しなくてもいいの!!」

「……顔真っ赤」

「うっ……うっさいバカ!!」

「馬鹿はそっち」

「う、うぅぅ……!!」




冷静に返してくる翔音くんが腹立たしい!!


こっちは恥ずかしくてどうしていいかわからないっていうのに。



私は再び下を向いた。


ほんと、いい加減自分が美少年だということに気づいてほしい。






「……名前、」

「……え?」

「……名前で、呼んでいいの?」




顔を上げると、さっきのように赤い目と目があった。


でも、どこか少し寂しそうに見える。


多分気のせいではない。





「私だっていつも翔音くんって名前で呼んでるでしょ?」

「……ん、」

「……だから、私のことも、名前で呼んで?」

「……うん」





きっと、今まで誰かを名前で呼ぶなんてことは無かったのかもしれない。



そんなの、絶対に寂しいから。


新しい友達もたくさんできたのに、名前で呼び合えないなんて、悲しすぎるから。



名前は、その本人だけが持つことができる大切なもの。


それを友達と呼び合い共有し合うことで、お互いの存在を確かめられる。




だから、名前、たくさん呼んで?



私もみんなも、たくさん呼ぶから。



“ここに存在してる”って、確かめられるから。







「…………芹菜、」

「ん、何?翔音くん」

「……呼んだだけ」



少しだけ、彼は笑った。


ちょっとだけ、ドキッとした。





「おはよー……」



次の日の朝、久しぶりにぐっすり眠れた私はちゃんと目覚ましで起きることができた。


目もパッチリと開いている。

なんて清々しい朝なんだろう!!




リビングにいくと、すでに起きていた朔名と翔音くんがいた。


翔音くんは私を見るなり目をぱちくりさせている。


え、なんだろう、寝癖酷い?



「……一人で起きれたんだ?」

「……馬鹿にしてます?」

「ん」

「そんなとこ素直に頷かないでよ!?」



私だってちゃんと起きるよ、むしろ前は遅刻なんてしたことないくらい優秀だったんだから!!



「お前、今日はいつもより晴れ晴れした顔してんなあ」



朔名が私の顔を見てそう言う。



「やっぱ翔音が帰ってきたから嬉しいんだろーっ」

「ちょっ、ボサボサになるっ!!」



そういって朔名は私の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。




そりゃあ、嬉しいに決まってるじゃん。


また前みたいに一緒に学校いけるし、それに……、





「……芹菜、これ、朝ご飯」

「あ、うん、ありがとう!!」




名前を呼んでくれるようになった。





「え、何々、名前?今芹菜のこと名前で呼んだのか!?」

「うん、昨日ちょっと話してね」

「へえ、良かったな!!んじゃあ、俺の名前は?」





「…………朔名」



翔音くんがそう呼ぶと、朔名はすごく嬉しそうに笑って翔音くんの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。



本当に、気持ちのいい一日の始まりだ。





「あれっ、翔音くんッ!?」



教室に入った途端、玲夢の声が響き渡る。


その声を合図にして、教室にいたもの全員がこちらに振り返った。


前にも体験したことあるけど、やっぱりこうやって注目されるのは慣れない。




「芹菜っ、翔音くん帰ってきたの!?」

「うん、昨日帰ってきたんだ」

「そうだったんだ、おかえり翔音くん!!」

「おかえりなさい翔音さん。芹菜さんも、元気になられたようで良かったです」



玲夢も柚子もにっこり笑って迎えてくれた。


あの時の私は相当暗い顔してたのかなと、改めて思った。





「翔音ーッ!!」

「……っ!?」



私の横を猛スピードで通り抜け、翔音くんにガバッと抱きついたのはもちろん橘くんだ。


「おかえり翔音!!良かったまた会えたなっ!!」





「……ただいま、…………圭祐」




一瞬、橘くんは……というかクラス全体が静かになった。




「……か、翔音……?」

「……?」

「今、俺の名前……、」



翔音くんがこくんと頷くと、橘くんはパァァッと笑顔になった。



「え、マジ?ほんと!?うわ俺すっげー嬉しい翔音ーっ!!」



太陽みたいに眩しく笑って抱きつく橘くん。


相変わらず翔音くんの手はわたわたと彷徨ってるけど。



担任がまだ来てないのをいいことに、クラスのみんなが翔音くんのところに集まっては笑いあっていた。



こんなにも彼のまわりにはたくさんの友達がいる。


陸さんたちにも見せてあげたいな。








「芹菜チャン」

「あ、新井くん」



私が翔音くん達より少し離れて立っていると、新井くんが話しかけてきた。


その声とともにフラッシュバックする記憶。


……そういえば私、新井くんに思いっきり泣き顔見られたんだよね。


うわっ、最悪だ、どうしよう。





「元気そうだね」

「あ、うん、まあ……。……あの、さ……、ありがとう、ね」

「……何が?」



うっわああああ、こいつニコニコしちゃって、私に言わせる気だなこのやろう。


は、恥ずかしいけど……!!




「……新井くんが気付かせてくれたから、私、素直になれたし……、今ちゃんと笑っていられるから。だから、……その、あ、ありがとう……」



顔見て言うのは恥ずかしいのでずっと下を向いていた。


だから新井くんが今どんな顔をしているかなんてわからないけど、ふいに頭に手を乗せられ、くしゃくしゃと撫でられる。



「どういたしまして。まあ素直になれたのは一歩前進かなー」

「………」

「翔音クン帰ってきたし、それにあの様子だと芹菜チャンも名前で呼ばれてるんでしょ?」

「……うん、名前で呼ぶって大切だし、そのほうがいいと思ってさ」

「……良かったね」



顔を上げると、新井くんはいつもとは違う、あの慰めてくれたときと同じように優しく笑っていた。




「……うん!!」



帰ってきてくれて、名前で呼んでくれて、また一緒に暮らせて。



私はいつも以上に笑った。







「……へぇ、芹菜チャンも可愛い笑顔できるんだね」

「え」



私の笑顔が固まった。


「あ、可愛くなくなった」




新井くんには感謝してるけど、この人やっぱり読めないです。

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