◎ 40
「……私、どうすれば、いいのかな……っ」
気づくと私は次から次へと涙を流していた。
あーあ、泣くなんて2度目だ。
しかも男の子の前でなんて。
「えっ、そんだけ泣いといてまだ気付かないの?馬鹿じゃない?」
……今、幻聴がした気がする。
か、仮にも女の子が隣で泣いてるっていうのに!!
あ、自分で“仮にも”ってなんか悲しくなってきた。
「俺があれこれ言うことでもないでしょ、あとは自分で考えてみなよ」
そういうと、新井くんはまた私の目の前に立ち、私と同じ目の高さまでしゃがむと、親指で涙を拭き取り、今までにないくらい優しい笑みを向けた。
その行動にポカンとしていると、頭を数回ポンポンされて何処かへ歩いていった。
……優しいんだか、意地悪なんだか……。
「……あー、降ってるなー……」
放課後、昇降口を出ると見事に大雨が降っていた。
でも大丈夫、今日はちゃんと折り畳み傘持ってきてるから。
結局、あの後の授業では学園祭の出し物は中々決まらず、また次の時間のときに案を出すということになった。
最後の学園祭だし、楽しいものにしたいよね。
傘をさして雨のなかを歩いていると、前方に見知った後ろ姿を発見した。
「桐原くん」
後ろから声をかけてみた。
振り向いて私に気づいた彼は、露骨に嫌そうな顔をした。
おい、名前呼んだだけじゃないか。
「……今帰りですか?」
「うん、そうだよ。ってか、あれ、部活は?」
「こんな雨の中まともにできると思いますか?」
「……無理だよねー」
私は苦笑いした。
確かにこんな中やったら風邪ひくよね。
「……芹菜先輩」
「んー?」
「泣いたんですか」
「ぶっ!!」
かなりの不意打ちを食らった。
な、何故知ってる!?
しかも疑問系じゃないし。
「目のまわりが赤く腫れてますから」
「あー……」
うわ、恥ずかしい。
気付かなかったとはいえ、この顔のまま話しかけちゃったのか私は。
「先輩、出目金って魚知ってます?」
「似てるって言いたいのか?」
「……さっき、結構泣いちゃったんだよね」
「………」
「でも珍しく新井くんが聞いてくれた。珍しいこともあるもんだね、ちょっとだけ優しいときもあったよ珍しく」
「“珍しい”3回言ってますよ」
だってそれだけ滅多にない出来事だったからさ。
でも、さっきたくさん泣いたおかげで今スッキリしている。
“私はどうすればいいか”
……なんて、すぐ考えればわかることだ。
今の気持ちを素直に言えばいい。
本当は心の何処かで気付いていた。
でも、それを認めるのが怖かった。
だからずっと気付かないふりをしていたのかもしれない。
「それで、決着はついたんですか?」
「……け、決着?」
「“自分の気持ちに”です」
“何の話”と言わなくても、桐原くんは私が翔音くんのことで泣いたことはわかっているみたいだ。
「うん、大丈夫。あとは、言うだけだから」
その“言うだけ”がものすごく勇気がいるんだけどね。
「よかったですね、決着がついて」
「……へ?あ、うん……?」
え、褒めた?
あの桐原くんが?
「ここ一週間、先輩ずっとモヤモヤした顔してましたから」
「あー」
「最近では悪化して泣きそうな顔してたのも見かけましたし」
「……え、そんな顔したっけ」
毎回自分の顔鏡でみたりしないからわからなかった。
私そんなに顔に出やすいのかな?
「自覚ないんですか?」
「うん、ない。今日同じようなこと玲夢たちに言われたけど、初めて気づいた」
「馬鹿ですね、さすがです」
「馬鹿とさすがをイコールで結ぶな」
なんだよ、新井くんに続いて桐原くんまで私を馬鹿呼ばわりですか。
馬鹿じゃないし、ちょっと気付くの遅いだけだし!!
「……なら、もうやめてくださいね」
「え、何を?」
「あんな顔です」
「あー、うん……、?」
「いつもの通りでいてください」
「……うん」
「芹菜先輩の泣き顔なんて、見たくありません」
ポンポンとテンポよく交わす会話に一瞬聞き逃すところだった。
私は隣で歩いている彼を見上げた。
そして、じーっと見つめる。
「……そんな恥ずかしい言葉、よくサラリと言えたね」
「芹菜先輩、空気くらい読んでください」
桐原くんと別れたあとは、ただひたすら歩くだけだった。
雨の音以外に聞こえるのは、自分の足音だけ。
その大雨のせいで傘をさしていても、私はすでにびしょ濡れになっていた。
下を見ながら歩いている分、スピードも遅い。
この際気にしないようにしよう。
家まで近いし、すぐにお風呂に入れば問題はないだろう。
そういえば、とふと思った。
初めて翔音くんに会ったときも、こんな大雨だったっけ……。
私の家の前で倒れていて、そして、拾った。
まだ3ヶ月くらいしかたってないのに、随分前のことのように思える。
あの時と同じように、家に続く道を曲がる。
そして家の前には彼が……、
いたんだよね。
3ヶ月前にそこにいた彼は、今はもういない。
当たり前、なのにね。
私は無意識に苦笑いしていた。
家に着き、玄関のドアを開ける。
中に入ったはいいものの、濡れている私はどうしたものかと悩んだ。
どうしよう、タオルがない。
朔名がいればとってきてもらえるんだけどな。
仕方ない、自分で取りにいこう。
床は濡れてしまうが、あとでふくとして私は洗面所へタオルを取りに行く。
そして腕や足を拭いたあと、濡れてしまった鞄も軽く拭いてリビングへ運びにいく。
とりあえず窓の近くに置いておけばすぐに乾くよね。
そう思いながらリビングのドアを開けた。
電気が付いていた。
あれ、朔名もう帰ってきたのかな。
「早いね、仕事おわった……ん、だ……?」
私の目に飛び込んできたのはいつもの茶髪ではなく、鮮やかな……紫。
こっちに振り返った顔に、目を逸らすことができない。
「な……、ど、どう……して」
震える私の手から鞄がずり落ちる。
そして重力に逆らうことなく落ちた。
私の足の上に。
「いっ、たあああぁぁぁッ」
「……馬鹿でしょ」
感動的なシーンのはずなのに開口一番がこれか。
あれか、私に少女漫画のようなシーンは似合わないってか。
「で、でも……本当に、なんでここに……?」
「……いちゃダメ?」
「ダメなんて……!!むしろ……っ」
むしろ……、
「……あ、逢いたかっ……た……」
言えた。
言っちゃった。
寂しいを通りこして生まれた感情。
寂しいって思ったのは自分でも気づいていた。
でも、ちょっと違うなという違和感もあった。
その違和感の正体に、今やっと気づいた。
“逢いたい”
まさかこんな近くに、寂しいと隣り合わせの感情だったなんてね。
「……どうしてそう思ったの?」
「……へ?」
「もう俺に逢えないと思ったの?」
「…………ふぇっ?」
あ、変な声でちゃった。
って、いうかストレートォォォッ!!
な、なんて返せばいいの私……!!
「……ねぇ、」
「は、はい……?」
「……俺が部屋から出るとき、なんて言ったか覚えてる?」
「へ、部屋……?」
部屋って、あ、翔音くんの、だよね。
えっと……、確か……、
“……じゃあ、いってきます”
“……うん、ばいばい”
……あれ、ってことは……?
私の表情でわかったのか、翔音くんは小さくため息をついた。
「……俺は別にここを出ていったつもりはないから」
“いってきます”
それは普通、どこかへ出かけるときは必ず言う言葉。
逆にいえば、“帰ってくる”ことを前提にいう言葉。
え、じゃあ何、私が勝手に勘違いして、ばいばいなんて最後みたいなこと言って、ひとりで落ち込んで寂しいとか思ってた、だけ……?
そ、そんな……、なんてことだ。
馬鹿にもほどがある……。
「……逢いたかったんだ、俺に?」
「へっ……あ、……う、」
ど、どうしよう、……今になって顔が熱くなってきた。
「……一週間、居なかったよね」
「え、あ……うん」
「それでさっき、帰ってきた」
「そ、そうなんだ」
翔音くんが何を言いたいのかがいまいちわからない。
そのせいで、私は素っ気ない返事しか返せなかった。
それに対してなのか、翔音くんは少し不機嫌そうな顔をする。
「……それだけ?」
「え、何が……?」
「…………他に言うこと」
少しムッとしながらいう彼に、私は首を傾げた。
他にっていわれても、何を言えば……、
翔音くんが帰ってきたのは嬉しい。
そう、帰ってきたんだ。
そういえば、さっき思い出した言葉、翔音くんが部屋を出るときの……。
“じゃあ、いってきます”
…………あ。
「……お、おかえりっ!!」
「……ん、ただいま」
彼は少しだけ、笑ってくれた。
39.君の居場所
(……顔、赤い)
(え、こ、これはっ、その……)
(タコみたい)
((……空気が読めないところは似たもの同士か……))
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