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「ねー玲夢、次の授業なんだっけ?」

「えぇー……っと、数学だね、担任の」

「うわ、最悪だ、お弁当前なのに」

「さりげに芹菜酷いこというね、まああたしも数学嫌いだけどっ」


「違うよ、最悪なのはお弁当前に担任の顔を見ること」

「それ酷いのがもっと悪化してるよ!?」



酷いとかいいながらも玲夢は笑っている。


玲夢だって私と同じこと思ってるだろう。







今日からの日程は、午前中は通常授業で、午後からは学園祭の出し物について考える時間をもうけていた。




だから次の数学さえ終わってしまえばあるいみ授業はない。



はやく終われ!!


50分授業といわず、20分でいいから。


いっそのこと担任の授業だけみんなでボイコットするから!!






頭の中で叶わぬ夢を語っていると、教室に担任が入ってきた。



あちこちで騒いでいた生徒たちが一斉に席につき始める。



私も憂鬱になりながらも自分の席についた。










カッ、カッ、カッ、とチョークで黒板にかく音がひっきりなしに続く。



担任が解説をする声以外は何も聞こえない。


いや、聞こえなさすぎる。





いつもだったら橘くんが元気な声でいろいろ発言したりして、まわりもそれに便乗し、クラス全体が明るくなる。



だがその中心である彼は机に伏せて眠りこけていた。




そしていつもなら聞こえるはずの後ろや隣からする小声。



その本人である玲夢も柚子もそれぞれ窓をみたり真面目にノートをとったりとで、一向に“いつも”の素振りを見せない。





私はふと左側の後ろをみた。




本来ならそこにいるべき存在がいない。



虚しくもそこにある机と椅子は、それぞれの役目を果たすこともなく、ただそこに置いてあるだけの存在となっていた。



翔音くんが元の家に帰ってから一週間近くたった。



彼が学校に来なくなったその日、私は初めて玲夢たちに事情を話した。



誰もが悲しそうな顔をしていたけど、そんな顔をさせるつもりで話したわけじゃないんだけどな。





でも、事情を話しているときの私の顔が一番寂しそうだと指摘されたときは驚いた。



そんな顔をした覚えはないのだけれど。






あの日から、満足に日常を過ごせなくなったのは確かだった。



3ヶ月前までは、これが当たり前で、何の不都合もなく、それなりに楽しく過ごしてたのに。





何かが足りないようなこの感じ、とても居心地が悪い。











「やーっと昼休み!!芹菜、柚子、お弁当食べよーっ」

「うん、お腹すいたよほんと、担任の授業がいつになく長く感じた」

「苦手な教科だと、そう感じる人が多いですよね」





食べる前の会話はいつもと変わらない。


最近はわざわざ食堂に行くのも面倒ということで、教室でお弁当が主流となっていた。





他愛のない話をしていても、どこかぎこちないこの空間が毎日続いている。



これは時間が解決してくれると、私はそう信じていた。








「心ここにあらずって顔してますね、芹菜さん」

「え」




私の箸を動かす手が一瞬ビクリとした。



「そうだね、それに最近笑ってない」



玲夢が箸の先端を私に向けた。



おい、それは危ねーですよ。





「そう、かな……、ちゃんと笑ってると思うけど……」




声が若干震えてしまう。


箸を持つ手も動いてくれない。




「あー、ごめん。あたしの日本語が悪かった」





「“笑ってない”じゃなくて、“笑えてない”」





完全に手が止まってしまった。




「あたし達が気づかないとでも思った?芹菜ってば、すぐ顔にでるんだもん、バレバレだから!!」



そういって玲夢は私に笑顔を向ける。




「無理に笑わなくていいですよ。辛いなら辛い顔をしてください、私たちが聞いてあげますから」



続いて柚子もほんわかした笑顔を私に向けた。







「そうそう!!俺だってすっげー寂しいんだからな!!」




突然後ろから会話に入ってきたのは橘くんだった。




「あれっ?どうしたの橘くん?」

「いや別にどうってわけじゃねーけど、川上たちの会話が聞こえてきたからさ。俺も芹菜を元気付けてやろうと思ってよ!!」




玲夢たちと同じように、橘くんも私に太陽みたいな笑顔を向けた。





今の私にとっては、とても眩しすぎるくらい。






でも、すっごく、暖かくて……嬉しくて。





「……ありがとう、みんな」




ほんの少しだけ、笑うことができた。











お弁当を食べたあと、私は外に行こうと思った。



とにかく一人になりたかった。





さっきは玲夢たちのおかげで多少笑えたけど……、やっぱりまだ、いつも通りに笑えない。



それどころか、みんなに優しくされるほど悲しくなってきさえする。






わからない。


自分がどうしてこんなに沈んでいるのか。



翔音くんが帰ってしまった今、寂しいと思うことは確かにある。




でも、何かが違う。



このぽっかり空いた……、何かを根こそぎ奪われてしまったような感じ……。




これが一体、何を意味するのか。







ドンッ



「ぅぶッ!?」




下を向いて廊下を歩いていたために誰かにぶつかってしまった。




「いつー……、ご、ごめん、なさい……」

「あ、芹菜チャン、大丈夫?」

「え」




私の目の前にいたのは新井くんだった。



うわ、なんでこういうときに限って知り合いに会うんだ。





「余所見してると危ないよ?」

「あ……うん、そうだね……ごめん」




なるべく顔を合わせないようにして私は立ち去ろうとした。











「会いたいんだ?翔音クンに」





意識を全て持っていかれる感じがした。



自然と足も止まる。




ゆっくり振り返ると、彼はいつものようににこにこしていた。


その何もかも見透かしたような表情が、私は苦手だった。




「……な、なんのこと?」




まるで全てわかったように言う目の前の人の言葉から背くように、私は無理やり笑った。




「ふーん、とぼけるんだ?」



一歩、私に近づく。



「べ、別に、とぼけてなんか……」



一歩、私は後ずさる。









「……なら、ちゃんと俺の目を見て話してくれる?」





気づくと背中には壁があり、私の顔の横に手を置かれた。



……動けない。




この場に他の人がいないのは幸いだけど、この状況は非常によろしくない。




「あ、あのさ……、とりあえず離れよう?近いから……、この距離じゃなくても会話くらいできるから」

「このほうが芹菜チャン嫌がるでしょ?」

「嫌がらせか」




若干楽しんでるよねぇ!?



頑張って両手で押し返そうとするが、びくともしない。



そしてそれが邪魔だったのか、私の両手首を片手で掴まれてしまった。


おっとぉぉ!?
芹菜ちゃんピンチィィィ!?


いや、私には黄金の右足が……!!




「芹菜チャン、余計なことはしないように」

「正当防衛です」

「足の間に俺の足入れるよ」

「やだなあ、冗談じゃないですか〜」




この際、エスパー降臨したのはいいとしよう。



だが脚はダメでしょ!?


なんか変な雰囲気になっちゃうでしょ!?




初めてのこんな状況にトキメキも何も感じないよ!!


ドキドキはしてるけどな、チキン的な意味で!!






「……そろそろ話を戻そっか」

「…………戻さなくていいよ」

「覚えてる?俺が芹菜チャンにいった言葉」

「………」



「“素直になりなよ”って」




それは遊園地のお化け屋敷に入ったときにいわれた言葉。



覚えてるよ、もちろん。




「どうして素直にならないの?」

「………」

「翔音クンに会いたくないの?」

「……新井くんの中では、私は翔音くんに会いたい前提になってるんだ?」

「だって嘘じゃないでしょ?」




ニコリと笑う彼には敵わないのかもしれない。



でも、今その問いかけに対して私が答えられる言葉といったら……、








「……“わからない”んだよね……」

「……え?」





翔音くんを拾って家族としたのは私。


いろんな知識を教えたのは私。


この3ヶ月を楽しいと思ったのは私。




彼に“帰って”と言ったのも、私。





「おかしいじゃん、帰れって言ったのは私なのにさ……、寂しいとか、矛盾してる……」

「………」

「……翔音くん、両親にすっごく愛されてた。なのに親元を離れるなんておかしいから、帰したの」




その方が、幸せになれると思ったから。



家族って、ずっと一緒にいるものでしょ?



それが本当の家族ならなおさら……。





「今の芹菜チャンの言葉からいくとさ、」

「……?」

「翔音クンが芹菜チャンの家を出るのもおかしいんじゃない?」

「……え、……な、なん、で?」

「だって家族なんでしょ?」

「っ、た、確かにそういう言い方をしたかもしれないけど……、でも、本当の家族は向こうでっ、ふがっ!?」




新井くんに手で口を塞がれてしまった。


なんだよ、まだしゃべってる途中なのに!!






「……自分の言葉に泣くなんて、よっぽどなんだね」

「……え?」




その言葉にピクリと反応し、瞬きをすると、私の頬に涙が伝った。



あ………。





新井くんは小さく笑うと、私から離れて隣で壁に寄りかかった。





「本当の家族だとかそうじゃないとかは関係ないんじゃない?」

「え?」

「翔音くんだって子供じゃないんだから、誰と居たいかくらい自分で決められるよ」






私は、怖かったのかもしれない。



陸さんがうちを訪ねたとき。


翔音くんが両親から愛されているとわかったとき。


“連れて帰る”って言われるんじゃないか?


翔音くんだって、自分から帰るっていってくるんじゃないか?




全部、全部が怖くて、向こうが言い出す前に私から言った。



その方が自分でも納得できると思ったから。





でも、駄目だったね。


空回りばっかりだ。




結局私は自分が傷付かなくてすむことばっかり考えてた。



翔音くんのこと、全然考えてなかった。



ほんと、“馬鹿”。

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