◎ 35
「ちょ……助けて!!今すぐ学校来てくれ!!」
それは1本の電話からはじまった。
ある日の昼間、藍咲家はいつもと変わらない時間を過ごしていた。
朔名は仕事だからもちろん家にはいない。
翔音くんはちょうどお昼を食べている。
私は早めに食べたから、今はリビングの食卓じゃないほうのテーブルに向かって課題に取り組んでいる。
これだから学生はめんどくさい。
義務教育時代からやり続けてきた、“夏休みの宿題”。
小学生ならまだしも、高校生に……しかも受験生相手に自由研究なんて課題がでるわけもなく。
私は今ひたすら数学やら英語やら現代文の問題集と壮絶な闘いを繰り広げていた。
「あああもうわからん、英語なんて無くなればいいさ。」
私は万歳の格好で背にあるソファに身をあずける。
こんなこと呟いたって誰も返事してくれないから寂しい独り言で終わるんだけど。
そんなとき、私の携帯の着信音がした。
「はい、もしもし」
「あ、芹菜か!?芹菜だよな!?俺俺ッ、ちょっ、助けてマジで!!」
「ああ、オレオレ詐欺とか間に合ってますから」
「違ェよ俺だよ橘だよ!!声で察してッ!?」
という感じで、冒頭に戻るわけである。
「あーあ、なーんで部活もないのに学校いかなきゃならないんだろ……」
「………」
私は今学校へ向かっている。
もちろん翔音くんも一緒に。
翔音も連れてきてっていわれたからこうなったわけなんだけどもね。
学校に私服で入るわけにもいかず、久しぶりに制服を着ての登校だ。
なんだかとっても違和感がある。
なんの用だかは言ってくれなかったけど、私は英語の課題で詰まってたし、ちょうどよかった。
一応課題を持ってきたからついでに図書室で参考書を借りてこよう。
そんなこんなで歩いて20分、目的地の学校に到着。
昇降口で上履きに履き替えているときだった。
「……ねえ」
「ん、何ー?」
「……これからどの教室に向かう気?」
「………………」
「………」
「…………てへっ☆」
「…………………………」
……ごめん、今のは気持ち悪いよね、大丈夫、わかってる。
でもさ、そんな捨てられたゴミを見るような目でみるのはやめてください。
ちょっと……いや、結構傷つきます。
くそー、こういう表情だけはわかりやすいんだから!!
「……電話してたとき聞いてなかったの?」
「いや、場所なんて言ってくれなかったし。……でも私も学校に行くことだけしか頭になくて……」
「ほんと馬鹿」
「うっ……、何も言えません」
残念なことに私は橘くんの携帯の番号をしらない。
まあ向こうは一方的に知ってるみたいだけど。
……登録しとけばよかったなあ。
「よし、じゃあもう図書室いっちゃお!!」
「……何で?」
「英語の参考書借りたくて。……そういえば翔音くん課題は?」
「……終わったけど」
「えええ嘘ッ、いつの間に!?私まだ全然終わってないのに!!」
「?簡単だったよ」
きょとんとして首を少し傾げる翔音くん。
そんな嫌味も悪気も全く感じられない顔で言わないで……っ!!
今すごく泣きたい!!
図書室にいく途中、校庭からたくさんの声が聞こえた。
どうやらサッカー部が練習をしているようだ。
……橘くん、なんの用なんだろう。
まさか部活で何かあったからって私に電話するわけないしなあ。
そして図書室に到着。
さっさと参考書探して橘くんを見つけないといけないから、私は急いで本棚へと向かう。
「あ」
「……へ?」
誰かの声に隣を見るとそこには見知った顔。
「……来たんですか、芹菜先輩」
「え、桐原くん?」
「こんにちわ、お久しぶりです」
「え、あ、はい、こんにちわ……?」
「……何で疑問形なんですか」
「だ、だって桐原くんが挨拶なんて礼儀正しいことするから……」
「俺を貴女みたいな非常識な人と一緒にしないでください」
「ちょっとおおお!?出会っていきなり失礼すぎじゃないですかあああ」
「自分のほうが失礼なこといってることに気付いてください」
わりとお久しぶりな桐原くん、相変わらずだ。
「にしてもどうして図書室に桐原くんが?」
「……橘先輩から電話あったんじゃないんですか?」
「うん、あったよ。でも学校来てってだけで要件も告げずに切れちゃって」
「………………」
桐原くんは深いため息をついた。
……顔が物語ってるよ。
何やってんだよあの金平糖頭がちくしょーめって顔してる。
とりあえず私は英語の参考書を本棚からとって、桐原くんと一緒に橘くんがいるであろうところへ向かう。
長いテーブルの真ん中らへんに彼はいた。
翔音くんに嬉しそうに話しかけている。
……あれ、助けてとかいってなかったっけ?
全く深刻そうには見えないんだけど?
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