34


カランカランカランと忙しなく鳴るのは私の下駄の音。



でも普段全く履かないから、小走りさえもできない。




つまりは遅すぎる。




まあこの混雑の中、全力で走れなんて言われた日には、私はあらゆる人に顔面から激突し反動で吹っ飛ばされるという悲惨な目に合うだろう。





…………なんて冗談は置いておいて。





とにかく私は今ひとりでこの混雑の中を歩き回っている。



何故かって?


もちろん私の運命の相手を見つけるために決まってるじゃないか。






……いや、嘘だ。


そんな奴がこの中にいたら私のこの18年間はいったいなんだったんだ。





だめだ、さっきから変なことしかいってない気がする。



落ち着け、落ち着くんだ藍咲芹菜!!


ひっひっふー。








私が探しているのはあの無口で無愛想な美少年。



紫色の目立つ髪だからすぐに見つかるかなあなんて思ってたけど甘かった。




人混みがすごすぎて近くの人の背中しか見えないこの状況。



頭の色で探すなんて無理難題である。






どうしようと考えていたとき、ふと目についたのは階段の上にある鳥居。




……あそこならここより高いし目立つ髪色も見つけられるかも。





私は人混みをなんとか避けつつ、その鳥居のある場所へと向かった。






ほんとどこいっちゃったのさ翔音くんは。


無愛想なくせに好奇心旺盛なんだから!!




鳥居の場所まできたはいいものの、まずここには明かりがないから暗い。



そして近くには林。



……不気味以外の何物でもない。



それにここには屋台がないから人もほとんどいない。



探すためとはいえ、来る場所を間違えた気がする。






よし、はやくこの場所から出るためにあの美少年を探さないと!!





階段の上から人混みを見下ろしてみる。


改めてみると、このお祭りにどれだけの人が来ているのかがすぐにわかった。




というか、私がさっきまでいた場所が主に人がたくさんいるだけで、ほかの場所は混んでいるけどさっきほどではないということに気づいた。




……ただ私に運がなかっただけなのか!!





それはさておき、いったい翔音くんはどこいったんだろう。


ここからみた限りでもあの紫頭は見えない。



朔名とは別行動で探してるけど、もしかしてもう見つけたのかな?





そんなとき、





ポンッ




「ひぎゃっ!?」





突然何かに肩を叩かれて私は驚いた。





……のがいけなかった。




今は下駄を履いているうえに、ここは階段のすぐ上。




私はその場で足をすべらせてしまい、階段の下に向かって体がグラッと傾いた。





「わ……ッ」




ガシッ!!




「……ッ!?」





また何かに今度は腕をつかまれ、そのままぐいっと引っ張られる。


ボフッという音とともに私は何かに抱き止められた。





一瞬何が起こったのか全くわからなかった。



でも私の腕をつかんでいる手も、腰にまわっている何かの腕も、明らかに人のものだ。





…………え、人……?




だんだん思考が追い付いていき、落ちそうになった私を誰かが助けてくれたのだとわかった。






「あ、あのっ、助けてくれてありがとうござ…………い、ますぅ……?」




語尾がおかしくなってしまったことは気にしないでほしい。





お礼をいうために顔をあげた私。



かなり至近距離にある相手の顔をみたが、そこにあったのは全く知らない顔。




……というか、




「きっ………狐ェェエエェッ!!??」



私の目の前にある顔は、目の下や額などに赤い模様のはいった狐だった。



私はその狐を凝視した。




え、狐?なんで狐?


まさかのお稲荷様ぁぁぁ!?







「ああああのあのっ………、」

「……危なっかしい」

「うわあああ狐がしゃべった!!」

「…………」




ビシッ!!



「あだっ!!」




でこぴんされた。



やべー、“狐”って呼び捨てにしちゃったよ、どうしよう、怒ってるんだきっと!!





「……何勘違いしてるの」




すると狐……さんは、手を顔にもっていき、狐の顔をクイッと上にあげた。





…………え?





「か……、か、のん……くん」





なんだ、あれはお面だったのか。



こんな不気味な場所だし、落ちるときのショックで私はどうかしていたみたい。




よく見ればお面だってすぐわかった。






しばらくボケーっと見ていると、翔音くんと目があった。




「……何?」

「あ、いや、なんでも………」





肌綺麗だなあとか、睫毛ばさばさで女の子みたいだなあとか思ってたことを言えるわけがない。




普段こんな至近距離になったことないからつい見ちゃって……なんてちょっと変態チックなことを考えて、私はピタッと固まる。






何故私は翔音くんの睫毛がばさばさだとわかったのか?


……それはいつもより近くにいるからだ。




どうして近くにいるんだ?


……それは落ちる私を助けて抱き止めてくれたからだ。





…………。







「うっわああああごめんなさいそしてありがとうございます狐様ぁぁぁ!!」




私は勢いよく翔音くんから飛び退いた。




気が動転して気にしてなかったけど、私は翔音くんに抱き止められてたんだ。




思い出すだけでその感覚がよみがえってきて、顔が赤くなるのがわかった。






「……何焦ってるの?」

「え!?あ、ああ焦ってないよ!?普通ふつー……!!」

「……ふーん」





思わず変なこと叫んじゃったけど、翔音くんは気にしてないみたいだしいいか。





落ち着けよ芹菜、翔音くんは私を助けるために抱き止めてくれたんだ。



そうだ、ちゃんと感謝するべきなんだ!!






「えーっと、ありがとう翔音くん、助けてくれて。さすがにあれは落ちたらどうなっていたことか……」

「……“また”だよね、助けるの」

「え?」

「……遊園地、とかさ」

「その話は勘弁してください」





翔音くんて記憶力いいよね、サクッと掘り返さないでよ!!






「……こういう人のこと、トラブルメーカーっていうんだよね」

「どこで覚えたんだそんなハイカラな言葉」




「そういえば、そのお面どうしたの?」



私は翔音くんの頭にある狐のお面を指差す。




「……屋台の人がくれた」

「え、タダで?」

「ん……、あと、雲みたいにふわふわしてるやつもくれた」

「え、タダで?」

「ん」






私の頭には、それぞれの手にリンゴ飴と綿あめを持ち、頭に狐のお面をつけた翔音くんが思い浮かんだ。




ある意味両手に花である。




ってか私が探してる間翔音くんは十分祭りを堪能したってわけか。




しかも全部タダって、世の中はいったいどうなっているんだ。



顔が良ければ何やっても許されるのか!?




羨ましいこと山のごとしだ。







「……さっき階段で何してたの」




その質問に私がここにきた理由がパッと浮かんだ。





「そうだっ、私は翔音くんを探しにここにきたんだから!!」

「……俺を?」

「射的やってる間にどっかいっちゃうし、人混みのせいでいろいろ大変だし、下駄じゃ歩きにくくてなかなか進まないし!!」

「………」

「まったく、探すこっちの身にもなってよねっ」






そこまでいって、ふと思う。



あれ、似たような状況が前にもなかったか?





「……それ、俺のせりふ」

「う゛っ……」




そうだ、あの遊園地ナンパ事件のとき私が翔音くんにいわれた言葉……。



遊園地の中を走って私を見つけてくれたときの。





「……俺の気持ち、わかった?」

「はい、身をもって知りました」





あれ、なんで私の方が怒られているのかな。



はぐれたの翔音くんですよね!?



“これでおあいこ”みたいな?






あーあ、今の翔音くんの言葉………、こんな状況じゃなくて告白現場とかだったら絶対トキメいてた。




え、今?


ううん、全くトキメかなかったよ。





だって、“アンタのこと探して遊園地中駆けずりまわって疲れた俺の心中察した?”ってオーラ全開なんだもん。




「まあでも無事に翔音くんが見つかってよかったあ」

「………」

「翔音くんはなんでここにいたの?」

「……人がすごかったから」




やっぱりそうだよね、おんなじ理由か。



じゃああとは朔名を探さないと…………って、あれは……朔名か?





階段を駆け上がってくるグラサン……あ、いや、人間。







「やっぱしここにいたんだなー、2人とも」

「朔名…………って、それ何?」

「ん?ああ、焼きそば!!夕飯まだだったろ?」




ビニール袋にはいった焼きそばを見せられ、そういえばお腹すいたかもと思う。





「翔音くん、焼きそばだって。食べ……………?」





振り替えると、そこにいるはずの翔音くんがいない。



嘘、またいなくなった!?





焦って朔名のほうに視線をもどすと、そこにはすでに焼きそばを食べている翔音くんがいた。





え、何、瞬間移動でも覚えたか?






「か、翔音くん食べるの早すぎ!!」

「……腹減ったから」

「さっきリンゴ飴と綿あめ食べてたじゃん」

「…………………」






翔音くんは無言で、ずずーっと焼きそばを食べている。



……足りなかったんですね、あれだけじゃ。





「まあいいじゃんか、これは芹菜のぶんな」

「あ、うん、ありがとう」

「そういやもうすぐ花火が上がるらしいぜ?」

「花火?そうなんだ、じゃあ最後に見ていこうか。ね、翔音くん?」

「?……ん」







花火はすぐにあがった。



夏祭りには欠かせないこの音と鮮やかな色。





翔音くんとは初めての、家族3人での夏祭り。



いろいろ大変だったけど、とっても楽しい1日だったと思う。




また来年も来たいな!!



34.夏夜の思い出

(花火綺麗だねー)
(……この赤いのあげる)
(え?赤?……って!!ちょ、紅生姜勝手に私のほうに入れないでよ!!)
(……あ、まだあった)
(だから入れるなッ!!)
(お前らほんと仲いいよなー)


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