◎ 33
誰かここに来るのかな?
そんなことを思っていると、こっちに近づいてくる足音が聞こえた。
やってきたのは朔名だった。
「よ、芹菜、お疲れさん」
「あ、朔名。……なんだ、来るって朔名のことだったんだ」
「は?何の話だ?」
「さっき愁さんにね、もうすぐ来るからここにいてっていわれたんだよねー。だから誰か来るのかなあって……」
私が首を傾げていると、朔名は何か閃いたような顔をした。
「多分それ俺のことじゃねえよ」
「え、何で?」
「俺はただ忘れ物とりにきただけだし」
「忘れ物……」
と、ここまで話していたとき、また新たに足音が聞こえた。
今度は誰だろうと思っていると、やってきたのは翔音くんだった。
「お、やっぱり翔音だったか」
朔名は何やらはじめから気づいていたようなことをいった。
やっぱり?
翔音くんがくることわかってたの?
「えっと……、翔音くんも休憩?」
「…………………」
私はそう質問したが、翔音くんは頷くこともせずに無言を突き通した。
え、無視ですか!?
「……あのー、翔音くん?」
「アンタ誰?」
「お前もかああああ」
なんで?
そんな認識できないくらい私変わってるのか!?
メイク薄いよ!?
もしかしてこの髪型がいけないの!?
ああ、お洒落するなってことですね、わかります。
「なあ翔音、芹菜のことどう思う?」
「……は?」
「ちょっ、朔名!?何聞いて……っ」
「はいはい芹菜は黙っててー」
私の声を遮った朔名はまた翔音くんに声をかける。
「で、どう思う?」
「……何の話」
「だから、今日の芹菜いつもと違うじゃん?化粧してるし、髪おろしてるし」
「………」
「そんな芹菜を見て、翔音はどう思ったんだ?」
朔名はさっきからニヤニヤしっぱなしだ。
楽しんでるなこのやろう。
翔音くんはじっと私を見た。
しかも無言で。
そんな視線に耐えきれず、私は目をそらした。
こいつ相変わらず自分が美少年だって自覚ないなあ!!
そんなに見られたらどうしていいかわかんなくなるでしょうが!!
すると、少し納得したような顔をした。
「ちょっと年とったように見える」
「「………………」」
私はゆっくりとその場から歩き出す。
近くにあったこの店の掃除用具入れに手を伸ばした。
大丈夫、大丈夫よ芹菜。
このくらいなんでもない。
きっと“大人っぽい”って言いたかったんだわ。
うん、絶対そうに決まってる。
でも、でもさ、
「美少年だからって何でも許されると思うなああああ!!」
「お、おい芹菜落ち着けって!?」
「馬鹿っ、美少年っ、睫毛長すぎだ交換しろっ!!この天然タラシィィィィィッ!!」
私は猛スピードでその場を去った。
我ながらやってしまった気もするが。
「……褒めたつもりだったんだけど」
「……翔音、あとで謝りにいこう、俺も謝るから。それから……日本語の勉強もしような」
「?わかった」
翔音くんはきょとんと首を傾げた。
「はあぁぁぁ………」
私は長いため息をついた。
思わず走り出して裏口から出てしまったけど、私休憩中だったんだよね。
もどらなきゃ!!
………にしても、
私ってメイクすると老けるのかなあ。
うわあああ嫌だ、何のための化粧品だばかやろおおおお!!
もうしない、ぜーったいメイクしないわああああっ!!
「あれ、芹菜ちゃん?こんなところで何してるの?」
やってきたのはジョウロを持った愁さん。
……なんでジョウロ?
「……愁さん……、」
「ん?何?」
「今の私、老けてます?」
「……え?」
愁さんは目が点になっていた。
「……なるほどねー」
私はさっきのことを話した。
「私決めました。もうメイクしません、すっぴん万歳!!」
「……それはもったいないなあ、可愛いのに」
「……おだてても何も出ませんよ?」
「ふふ……、……でも、ごめんね、悪いことしちゃったかな」
「え?」
眉を下げて悲しそうにいう愁さんに私は疑問を感じた。
「翔音くんに休憩させたのは俺だから……。せっかく芹菜ちゃんがメイクしたから、ちゃんと見せてあげようかなって思って休憩にしたんだけど」
「………」
「かえって悲しませちゃったね……」
そういって悲しそうに笑った。
「そんなっ、愁さんのせいじゃないですよ!!」
メイクが似合わないこの顔のせいです!!
時雨さんごめんなさい、メイクしてくれたのは嬉しいけど、どうやら私には似合わないようです。
「……でも、気にしてるでしょ。翔音くんにいわれたこと」
「え……」
気にしてる?
私が?
確かに、いつもなら突っ込みいれたり怒ったりする………、いや、今回もしたけどさ。
でも、なんか………翔音くんにいわれたとき、妙にグサァァァと……。
……妙ではないな、“グサァァァ”って結構刺さってるよね。
「芹菜〜、いるか……?」
裏口から出てきたのは朔名……と、翔音くん。
あ、どうしよう。
いきなり飛び出してきちゃったから私どんな顔してれば……!!
しばらく沈黙が続いた。
この場に4人もいるのに何故誰もしゃべらないィィィ!?
「……えっと、ごめんな芹菜」
「……へ?」
「いや、俺も興味本意で翔音に聞いてみたから、さ。どんな反応すんのかなあって……」
「あ、うん」
愁さんも朔名も興味がどうのみたいな話してるけど……興味って、何の……?
「それから………、」
朔名がそういって言葉を切ると、翔音くんが前にでてきた。
うわあああどうすれば、目合わせづらいよおおお。
「……さっき、は……ごめん」
「えっ」
「大人っぽいって、言おうとした……んだけど」
なんだろう、さっきのグサァァァっていうのが無くなってきたような……。
それに翔音くん、なんか口が達者になってる……?
そんな疑問を持ちながらも私は決めたことを言う。
「……もういいよ、大丈夫だよ私は!!」
「………」
「もともと今日かぎりのメイクだし、私はすっぴんのほうが楽でいいしねっ」
私は手をぐっと握りしめて笑った。
あ、今気づいたけど私さっき飛び出したとき、掃除用具入れからモップもってきちゃってたんだ。
返さなきゃ……っていうか早く仕事にもどらなきゃ!!
翔音くんからの謝罪にはちょっと驚いたけど、でも嬉しかったし、なんか気分も晴れてきたし。
うん、いつもどおりだ!!
「私のほうこそ、いきなり飛び出したりしてごめんね?」
「……ん」
よかった、これでみんなと仲直りかな。
喧嘩はしてないけど、雰囲気はいつもどおりにもどったみたいだし。
「じゃあ私はお店にもどるね、ずっと休んじゃってたからさ」
そういうと、朔名も愁さんも頷いてみんなで仕事に戻ろうとする。
「あ」
「え?」
翔音くんが小さく声を出したので何だと思って振り向く。
「その、“めいく”っていうやつは、もうしないの?」
「え?ああ……まあ私自分じゃできないし、すっぴんのほうが楽だし……」
後者のほうは一番の理由だ。
似合う似合わないの前に、まずはどうやって楽な道に進むかだよ。
「……そっか」
「?なんでそんなこと聞いたの?」
「それも可愛いと思ったから」
「「「……………」」」
何を言われたのかしばらくわからなかった。
でも時間がたつにつれてだんだんわかってきて、それと同時に顔に熱が帯びていくのがわかった。
「なっ、な………なあ……っ」
「?顔赤い」
私はさっきとは違う意味で手をぐぐーっと握りしめた。
そりゃあもうモップを折る勢いで。
そして最高に顔が熱くなってしまったとき、
「うわあああぁぁもう馬鹿あああやっぱり天然タラシだああああ」
持っていたモップを朔名にぶん投げて私はまた飛び出した。
「えええちょっ、モップぅぅぅ!?」
朔名が驚いているがそんなことはどうでもよかった。
なんで、なんで翔音くんあんなこと言ったの!?
普段絶対言わない……というか可愛いなんて言葉知らないくせにぃぃぃ!!
おかしいよ、なんか今日変だよ!?
いや私も結構変だよ!!
心臓の音がバクバクいっててうるさい。
走ってるから……?
何なんだほんとにこのやろおおおお!!
33.何これ、どうしちゃったの?
(ねえ朔名、いったい翔音くんに何吹き込んだの?)
(あ、愁……いや、普通に日本語の勉強をだな……)
(すごいストレートな言葉だったね、芹菜ちゃん顔真っ赤だったよ)
(……まあ、結果的にいいんじゃね?)
((……またどっかいった))
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