◎ 33
「時雨さん、これ昨日のお土産です」
「あら、ありがとう」
昨日は遊園地、そして今日はバイト。
うん、なかなかハードだ。
時雨さんにわたしたのはクッキーやチョコレートなどの詰め合わせになっているものだ。
休憩時間にちょっと口にいれられるものにしてよかったと思う。
「俺もいきたかったなあ、遊園地は楽しかったー?」
後ろから抱きついてきたのはもちろん営業前の愁さん。
………もう慣れましたよ。
「た、楽しかった……ですよ」
ある場面を除けばな!!
「……どうしたの?そんな苦笑いで」
「え、いやあ……なんでもないです。……あの、それよりいい加減離れてくれませんか?」
「だーめっ」
「駄目って……えと、……動けないですから」
「まだ営業前だから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃ……」
「……俺じゃ不満?」
「……っ」
耳元で甘い声で囁かれる。
うわあああああ心臓に悪いィィィィ!!
「愁ー、今日の残業はアンタ1人でお願いねー」
「えッ?!」
時雨さんの言葉に愁さんは私からパッと手をはなした。
はぁ、助かった。
「ま、待ってよ時雨、さすがにそれは…………」
珍しく愁さんが焦っている。
よっぽど残業が嫌なんだろう。
まあ好きな人のほうが少ないか。
「……顔、赤い」
「……へ?」
顔を上げると、すでにウェイターの服……というかバーテン服に着替えた翔音くんがいた。
………うわあ、やっぱり翔音くんはなんでも似合うな。
「……暑いの?」
「え、あ……違う違う、なんでもないよ」
「ふーん」
若干首を傾げているがそれ以上聞いてくることはなかったので、私は控え室に着替えにいった。
この店の制服、というかメイド服……?
いつも思うけどスカート短いよ!!
そりゃあ学校の制服でもあんまり長さ変わんないけど、あれはあれで慣れだし……。
メイド服だと短さ同じでも、こう……羞恥心が!!
「芹菜ちゃん、着替えたー?」
部屋にはいってきたのは時雨さんだった。
「あ、はい……あの、やっぱりこのスカートの長さどうにかなりませんか……?」
「あら、どうして?」
「だって短い!!」
「それぐらいのほうが足が綺麗に見えるのよ。長すぎても短すぎてもだめなの」
「で、でも……ちょっと恥ずかしいといいますか……、」
「顔赤くなっちゃって、可愛いわねー。まあスカートのことはとりあえずおいといて」
えええ、おいとくの!?
これ結構重要な問題ですよお姉さああああん!?
「芹菜ちゃん、髪ほどきましょう」
「………………え?」
お店の営業時間になった。
それと同時にお客さんもはいってくる。
そして、
「……誰ですか貴女は」
「言うとおもった!!」
開店からしばらくしてやって来たのは、制服姿の桐原くんと橘くん。
水を持っていったときに顔をあわせたらやっぱり言われた。
「へーっ、なんかいつもの芹菜と違うな!!」
「あ、あはは……」
あのあと時雨さんに髪をおろされ、毛先だけ軽く巻かれ、さらには薄いけど化粧もされた。
生まれてから18年、こんなことはしたことがない。
あ、七五三は除くけど。
「やっぱ女子って変わるもんだなーっ」
「いや、これは店長にやられただけで自分でやったわけじゃ……、」
「でも似合ってんだからいいんじゃね?」
似合ってる!?
何いってんの橘くん、この格好は痛すぎるでしょ!!
「俺は最初誰だかわかりませんでしたよ」
「んだよー、棗も素直になれよ」
「俺はいつでも素直ですが」
「本当は似合ってるとか可愛いとかいいたいんだろっ?ツンデレだなーっ!!」
「芹菜先輩、厨房から包丁持ってきてくれませんか?」
「橘くん逃げて、超逃げてッ!!」
この人顔がマジだよ!!
そのあと、桐原くんと橘くんは午後に部活があるらしく、すぐに帰った。
というか時間ないのにお店にくるなんて、よっぽどこのお店が好きなんだなあ。
お客さんのピークの時間が過ぎて大分空いてきたころ、働きっぱなしだったので少しだけ休憩時間をもらった。
ここの店の人たちはみんな優しい。
突然バイトで入ってきたにもかかわらず、親切にいろいろ教えてくれるし。
大変そうにしていると手伝ってくれたりもする。
人数が少ないこともあるかもしれないけど、みんな仲良しで上下関係はあまり存在していない。
だからといって時雨さんや愁さんにタメ口な人もいない。
朔名はいつもタメ口だけど、仕事のときはちゃんと敬語だ。
オフのときと仕事中での気持ちの切り替え。
それがみんなできるからこそ、ここは素敵なお店なんだと思う。
「お疲れ様、芹菜ちゃん」
「!!」
振り替えると愁さんが立っていた。
「午前中、友達が来てたでしょ。接客には慣れた?」
「あ、はい、もう大丈夫です。あのときはありがとうございました!!」
「ふふ……、俺は何もしてないよ」
初めて玲夢たちを接客したとき、緊張しすぎてうまくできなかったとき助けてくれたのが愁さんだったんだよね。
今じゃもうできるようになったけど、とっても助かっている。
私はペコリと頭を下げた。
「……そういえば……、」
「え、な、何ですか?」
じっと私の顔をみてくる愁さんにギクリとする。
「それ、時雨がやったんでしょ」
私の髪型と顔をみてそういってくる。
ああああやっぱりみんな聞いてくるよこの話題。
「は、はい……なんか、いろいろやられました。もう泣きたいです」
「どうして?」
「だって痛いですよこんな格好……っ、似合わないし。でも時雨さんすっごく楽しそうにやってくれるから何もできませんでしたけど」
あのときの時雨さん、まるでこれからデートにいくようなテンションだったよ。
「……そんなことないよ」
「……え?」
愁さんは近づいて私の軽く巻かれた髪を指で掬いとり、
「可愛いよ、芹菜ちゃん」
綺麗に優しく微笑む。
「俺はむしろ時雨に感謝するけど?」
そしてすぐ、悪戯っぽく笑った。
うわ、あわわわわわわっ!?
ち、近い、近いよ馬鹿あああ!!
普段の愁さんもこういうことみたいなのがあるけど、営業中の場合は英国紳士みたいな雰囲気がある。
どど、どうすればいいんだ!!
私は営業中の愁さんとこういうふうになったことはない。
対処の仕方がわからない!!
「ふふ、芹菜ちゃん顔真っ赤、林檎みたい」
「!?ち、違う違うっ、しょんなんじゃ……っ!!」
「クスクス……、噛んでる噛んでる」
「うぐ……っ」
うわああああ私の馬鹿野郎ぉぉぉ!!
顔から、いやもう全身から火がでるよ!!
「……さて、いじめるのはこれくらいにしようか」
「い、いじめるぅ!?」
「あんまりいじめすぎると芹菜ちゃん恥ずかしさで泣いちゃうかもしれないし」
「いやいやさすがにそんなことで泣きませんよ!?」
「そうなの?じゃあ次から遠慮しなくてもいい?」
「やっぱり泣きます、号泣します、時雨さん呼びます」
「え、最後のは俺はちょっと勘弁かなあ……」
時雨さんの名前を出した途端、愁さんは困った顔をした。
時雨さん、強いからなあ……いろんな意味で。
「……それじゃあ俺はそろそろ戻らないと」
「え、休憩中じゃないんですか?」
私の質問に愁さんは明後日の方に顔をそらした。
「……もちろん休憩中だよ」
「嘘ですよね」
うわあ、時雨さんにバレたら大変だ。
「はぁ、もういくね」
「あ、はい、私もそろそろ戻るので」
「まだダメ、あと10分くらいはここにいて?」
私はその言葉にきょとんとする。
「どうしてですか?」
「どうしても」
「……何かあるんですか?」
「多分そろそろ来るよ」
来る?
……何が?
頭にはてなを浮かべている間に、愁さんは仕事へ戻っていった。
prev /
next
[
back]