Guignol | ナノ


わたしの口唇に触れる鋭利な爪をした指先。感触など無いも等しいというのにそれだけで呼吸すら彼に制された気がした。踏み入ってはならぬラインだと翡翠のひとみが告げる。この人が誰なのか。陶器のように深くひび割れた手の理由も、何も知らない。それでも何故わたしに笑ってくれるのか。かなしいかなしい笑顔がやるせなくて、きっと彼と並ぶに相応しからない酷い表情をしてるんだろう。

「いっそ撃ち落としてくれていいんです」
「可愛い貌して物騒ことを謂うものじゃない」
「ごめんなさい、だけど」

口元に当てられた手を両手で儚いものを包むように捉える。冷たさはない代わりに温度も感じない。どこにもいないみたいに、全部嘘だと謂われてるみたいに。わたしが知る資格はない。理解もできない。目にしてしまえば最後、みんな砂上の城の如く崩れ落ちる。やんわりとかわされて、それとなく突き放されて、ここまで忠告されて尚触れたいと願うわたしはとことん愚鈍だ。嘲笑ってくれて構わないから夢じゃないと騙してほしい。たとえこの場で死んだとしても恐れはない。ただ虚しさを残す。

「貴方を愛せない世界なんて、偽物ですから」

ひび割れた痛ましくもうつくしい彼の手に口付けた。わたしが王子だったら呪いがとけるのに、或るいは魔女だったら救えるのだろうか。どちらでもないなら幕は降ろされず、誘われるまま芝居ぶって腰を抱かれる。彼は欲を含ませた眼差しで口の隙間から月のように白い牙を覗かせた。

「本当に哀れなお嬢さんだ」


101220

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テーマ「人外ファンタジー」
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