黒尾 | ナノ


最初は機嫌を損ねてしまったのかと思ったが違ったらしい。軽く手招いたらわざわざ後ろに回り込んで背後から抱き込まれる。抱き枕には熟睡の効果があるそうだが、それと同じ観念だろうか。彼が自ら構われたがっているのが珍しく、うっかり笑いを零す。
「いっ」
首を噛まれた。彼は上顎の歯が鋭いから普通に恐い。反射的に逃れようと身をよじれば更にそれが食い込む。彼の外見よりも柔らかな黒髪を引っ張って抵抗を示せば、恐らく綺麗な歯型のついたそこを猫が毛繕うように舐めて漸く離れた。力が抜けるまま後ろの鉄朗くんの胸板に身を預ける。
「心臓すげえな、びびりすぎ」
「触んないでったら…」
いつの間にか胸やらお腹やらを撫で回している手を割と本気で叩く。ろくに意味を成さない抗拒。力量差は歴然というのに尚、交差させた脚で逃げ場を奪いたがる。勿論スポーツマンに本気で技をかけられたら私などひとたまりも無い為、可能な限り手加減はされているようだ。
「甘やかしてくれるんじゃねーの」
「こ、こういうのは違う」
ただ労わってあげたかっただけで、こんな恥ずかしいスキンシップを取りたいわけじゃなかった。肌を擦り寄わせながら体重をかけてくる彼に姿勢を低くすることで受け流す。柔軟体操でもしているような体制だが、手つきに下心しか感じられずそうは見えない。
「どっちでもいい。くれんの、くれねーの」
断られることを想定していない問いだった。此方を伺うように覗き込むそれと目線を合わせる。躊躇いがちに手の甲で頬筋を辿れば、閑やかに細まる瞳に眉尻が下がる。なんて都合のいい人だろう。
「…しつこくて痛いのは嫌」
「ははっ」
愉しげに笑っては私が言い返すより先に口唇を重ねた。振り向きながらというのは想像より首が辛く、顔を傾ける度に彼の髪が掠れてくすぐったい。呼吸も直ぐに辛くなって疎んじる私に構わず角度を変えて深くされる。
「ん、ぅ」
腔内に舌が入ると歯を食いしばれなくなる為どう力を入れたらいいかわからなくなる。そうでないと頭がぼんやりしてくるのを耐えられない。心臓など先程の比ではないだろう。
「ほんと慣れないのな」
「ごめ…っ」
謝りかけた私の言葉ごともう一度塞ぐ。ちゅ、と幼い音を立てて聊かに離すも距離はあって無いようなものだった。固くなった指先が僅かに解れて、漸く彼の服に皺ができるほど縋り付いてしまっていた事に気づく。辿たどしい自分をみっともなく思う、けれど何がツボだったのか鉄朗くんは機嫌良さげに優しく笑った。


130302

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