西谷 | ナノ


錆と誇りの匂いが鼻につく。暗闇といえど、これほどの至近距離なら相手の表情は見えてしまう。
「西谷くん、そんな怖い顔しないで」
嘘だ。彼の鋭い眼差しがずっと好きだった。まるでコートの中に立った時のみたいに、鋭く熱を帯びた視線。
「誰の所為だと思ってんスか」
やはりバレてしまったらしい。普段の彼とは程遠い低く掠れた声にますます現実感が沸かない。隠れるように体育倉庫に連れ込まれた時点で予想はしていた。それでも尚、大人しくされるがままになっているのだから救いようがない。
「…ごめんなさい」
私は頭がおかしいのだ。後輩のタオルを勝手に盗るだなんて。無人の部室に居合わせたのは偶然だった。普段は賑やかなあの場所が耳鳴りがするほど静寂で、別の空間のように錯覚した。どうしてあんなことしてしまったんだろう。自覚した途端、全身の震えが酷くなる。視界が歪む。
「西谷くんのこと考えたら、どうしても止められなくて…」
口から溢れる声は自分のものと思えないほど細く弱い。激しくなるばかりの動悸に呼吸が殺されていく。西谷くんが何か言った気がしたけれど、もう拾えない。こんなにも近くにいるのに、軽蔑されようとあの瞳を受け止めたいと思っていたのに。
「もう、どうしたらいいかわからない…本当にごめんなさい」
目を瞑り耳を塞いだ私の手を、彼の手が強く捉える。迷いの無さに目を開けば、一瞬だけ口唇を噛み締める西谷くんが映った。
「じゃあ、先輩が俺のものになってください」
それで許します。ピンと張った弦のような淀みのない声と共に抱きしめられる。押し付けられた体温の高さに涙が零れた。


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