黒尾 | ナノ


可能な限りシャーペンを動かすことに集中しようとしても、意識の半分以上は隣に持って行かれている。いつもならクラスメイトが座る隣の席に一つ上の先輩が違和感を携えたまま座していた。雑談をするわけでもなく、徐ろに手を伸ばして私の髪を弄る。目線で問いかけても作業を促されるだけで結局日誌に視線を戻す。その間も私の髪で三つ編みを作り、編んでは解いてを繰り返す。彼の為にも早く書き終えなければいけない。珍しく一緒に帰れるというから、わざわざクラスまで迎えに来てくれた彼を待たせてしまっている。
「今日日直なんて聞いてないけど?」
「本当は違ったんですけど、担当の子がどうしても用事があるって…」
口ごもりながら話す私に合点がいったのか黒尾先輩が軽く笑う。
「このお人好し」
程良く押し付けられたこと、その飛び火が彼にまで被ってしまったことを突っつかれるかと思ったのに、気に留めた風も無く器用に三つ編みをつくる。意地悪で優秀な彼に敵う筈がない、その上優しくされたら私はどうしようもない。気恥かしさを押し殺して「記録と反省」の項目を急いで書き終えた。席を立とうとして逆に綱のように編まれた髪を引かれバランスを崩す。
「お待たせしました…」
それでもなんとか踏み留まって見上げれば、長い指に髪を絡ませながら人の悪い笑みを滲ませた。
「はい、お疲れさん」
絡ませたそこに気障っぽくキスをする。少しダルそうな様がまた似合っていて不思議だった。惜しげもなく指を話すと手品みたいに三つ編みも解ける。そうして私が呆けてる隙に机の上の日誌を手に教室を去ろうとする。背の高い後姿を慌てて追って教室を出る。彼の足の向かう先は職員室。本当に最後の最後まで付き合わせてしまっていた。
「黒尾先輩」
先を行く背中に投げかける。彼の足取りはゆるりとしたものだったけど、キャンパスの差で私は駆け足だ。
「傍で待っててくれて嬉しかったです」
先を進む歩みが止まる。静かに振り返った黒尾先輩が踵を返して此方へ踏み出す。その僅か数歩で彼の影に私はすっぽり覆われてしまう。人気の無い廊下、お辞儀でもすれば衝突しそうな距離に予感がした。退いたのは無意識だったが、それを合図に彼の手が伸ばされる。乾いた音を立ててデコピンを食らう。
「痛っ」
「低すぎ」
鋭く指摘されて思わず背筋を伸ばす、駄目押しに顎を掴んで上を向かされた。躊躇う間も無く唇が重なる。大袈裟に肩が跳ねたのが面はゆく、目を閉じる前に見た表情が瞼から離れない。
「しまらねえ顔。お前どんだけ甘ちゃんだよ」
目を細めて笑いながらデコピンされた場所をぐりぐり人差し指で押された。痛みで視界が滲む。
「ひ、人で遊ばないでください」
「遊んでくださいって顔してた癖に」
反論したいのに恐らく今の自分がどんな酷い顔をしてるのか、高まる熱で分かってしまう。


130226

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