アール | ナノ


己を指差して懐っこく笑う。当人も理解している通り可愛い顔だ、思いつつラズベリージャムの乗ったパンを囓る。
「な、ひとくち」
「だめです」
彼は女性の要諦を心得ているから甘えるのも甘やかすのも上手い。意識するよう仕向ける癖に警戒はされないように程よく道化になってみせる。真似のできない上手い手法だと思う、少なくとも私は嫌いじゃなかった。
「けどこれなら賢しいって思えるかもよ?」
彼のかたくなった指の腹が顎を捉える、目を合わせたまま唇を舌がなぞるのがわかった。悪い大人の顔をしている。
「ちょっと気障すぎます」
「ぐっ、地味にグサっときたな今の」
「……だめだって言ったのに」
食い跡のついたパンを皿に置いて額を抑えた。手にじんわりと顔の熱が伝わってより気が焦る。隣からは機嫌の良い笑い声が髪を揺らす。
「皺がつきますよ」
「平気だって。ま、そういうとこ好きだけど」
笑って私の肩を抱いて自身の方に引き寄せた。彼はココさんの商談に同席した為、珍しくスーツを着用している。当人なりの拘りがあるらしく、上質な布地が目を引く。だからジャムの塗ったパンも控えるべきだと思ったのに。まるで照れ臭さを隠すような溜息が聞こえた。
「言いたかないが、鈍感にも程があるだろ」
見上げれば苦笑だけが返ってくる。


130117

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