迷子 | ナノ


高校の夏。私はこの年になって立派な迷子になっていた。元より方向感覚の鈍い自覚はあったけど初めて通る道でもなかったから油断していた。人気がない、というものでなく、見知った道がまったく知らない顔をしている。どうしてか電波が悪く、誰にかけても通じなかった電話は一人にだけ繋がった。生憎留守電だった為、祈る気持ちで伝言を言い残したのが今。
バチンと何かが弾けるような音に足を止める。瞬間形容し難い悪寒が襲う。鞄につけたストラップが千切れてコンクリートに転がっていた。花を模したビーズが散らばり、通した糸はチリヂリになっている。
「貰いものなのに…っつ!?」
拾おうとするも溶けるほど熱を持っていて触れられない。慌てて身を引こうとして、突然の吐き気にそのまま膝をついてしまった。汚いとか痛いとか考えずに両手を地面につけて息を整えようとする。頭上の街頭が急きたてるようにチカチカ点滅し出す。
自分の呼吸の音、嘔吐感、まとわりつく、視線。みられている。此方をみている。みられていることに気づいてしまう。血が出るくらい歯を喰いしばった。漏れ出す呻き声を殺す。泣いたり、悲鳴をあげたら最後だと思った。嫌だ。気持ち悪い。苦しい。重い。
(でも)(この状況似ている)あの日の帰り道と。

「何してやがんだテメェ!!」

咆えるような強く響く声に、その場にあった全てが震えた。それと共に荒々しい足音がすごい速度で向かってくるのがわかる。電流でも走ったのかのように辺りの空気が晴れていく。彼が現れたというだけで、まとわりついた不快感の波が一斉に引いていった。私は私の目を疑う。彼という子は本当に。いつも空気が澄み切っていて居心地がいい。でも火神君自身はただの恐がりな男子高校生だ。前に部員達と面白半分に見たホラー特集に身を固くして、震えて縮こまってしまうような情け無いくらいびびり屋な癖に、私がたった一言吐いてしまった弱音でこんなところまで迎えに来てくれた。
水を被ったように汗をかいた火神君が殆ど横たわるように蹲った私を抱き起こす。不思議なことに彼の手が触れた途端嘘みたいに吐き気がおさまった。心臓はまだバクバクいってたけど寒気も視線も引いていく。
「おい!おれだ!わかるか?なあ、おい!聞こえるか!」
本人はすごいテンパってた。痛いくらいの力で肩を掴む火神君に辛うじて返事をする。
渇ききった喉から力なく笑う。
「火神君、大袈裟すぎ」
「なっ…おっまえが死にそーな面してっからだろ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る火神君にやっと気が抜けた。熱を持った手の平が遠慮なく触れてくる度なんだか視界が滲んできて、これは拙いと思った頃には手遅れだった。
「あ、」
ぼろぼろと決壊した涙が溢れていく。火神君がぎょっと目を向いて慌てて何時も以上に加減を忘れて背中を擦ってきた。痛いよ、火神君、ありがとう。どれも口にできなくてしゃくりあげるだけのわたしに火神君は辛抱強く背を擦る。「心配するな、大丈夫だ」繰り返し繰り返し。その言葉が私に染み込むまで。

120824/二話了

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テーマ「人外ファンタジー」
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