肝試し1 | ナノ


どうしてこんな事態になってしまったのか。
「黄瀬君が廃墟を見つけたっていって、黄瀬君が肝試ししたいって言って、黄瀬君がはぐれて…」
「全部あいつの所為じゃねーかよ!!」
青峰君のこぶし枝が大きく揺れては無数の葉が散った。なんか幹がミシミシいってるけど暗くて恐くて確認できない。「ざけんな黄瀬の野郎まじシメる」文句を垂れながら前をいく背中を追う。青峰君は何でもようにずんずん進んでいくけれど、夜の森林というのがこんなに歩きにくい道だということを私は思い知っていた。青峰君が背の高い人で良かった。正直足元と枝葉の茂みに注意しながら彼を見失わないように歩くので精一杯だ。これで私まではぐれてしまったらシャレにならない。近場というからサンダルできてしまったことを今更ながら後悔する。
「ところで、いい加減それツッコんでいい?」
少し声を張って彼の肩に担いだ網を指さす。昆虫網、俗に言うとどうみても虫取り網ですありがとうございます。というかよくそんなナガモノ担いでこんな道を身軽に進めるものだ。
「バッカいつどこで大物に出くわすか分かんねーだろが」
「期待してるんだね」
「別に?まー礼儀の内ってやつだな」
(誰に対する礼儀なんだろう)最初からわかっていたことだけど、私一人に彼の相手は荷が重すぎる気がする。ここにキャプテンがいてくれたら素敵なツッコミが拝めただろうか。そういえば昔彼にもらったザリガニ卵産みすぎて困ってる。うちは金魚蜂しかないからただでさえ窮屈そうな上に卵で埋め尽くされてすごくグロい。怖くて掃除できない、どうしようあれ。
「…わぷっ」
トリップしてたところ壁みたいな背中にぶつかった。
「どうし…んぐ」
伺うように身を乗り出すと片手で口を塞がれる。手の大きさに驚く間もなく、突然酷い耳鳴りがした。
「っ痛…!」
とても無視したり我慢できるレベルじゃない。明らかに向こうの領域に一歩踏み込んでしまっていた。目も、手も、髪もあるそれが此方をみている。
「あ、おみねく、にげ…」
「ひょっとして視えてんのか?」
「へっ?」
あまりに緊張感にかけた声に目を剥く。全然通じて無い。見えないし気づかない、いくら底に近い霊感といっても、一般人ならばとうに当てられて身動きできなくなっている筈だ。むしろ一般人だからこそ相当心身に圧力をかけられているのが普通、の筈。
「ちょう、いるけど」
「まじかよ、男?女?」
「い、いっぱい、囲まれてる」
「…へっ」
嘘、今笑った?耳を疑い見上げれば、カブトムシなんていないのに彼は歯を見せて笑った。だから何者なんだよ、赤司君といい彼といい。
「オラァァッ!!」
「!???」
信じられないものをみた。手にしたそれを振りかぶる青峰君。間違えなく手応えがあって霧を裂くように散っていく幽体。インスピレーション、などと一言じゃ片づけてはいけない気もする。飄々とした雰囲気と気配も存在感も、全く呑まれていない。余裕を持って物理で殴っている。これがせめて竹刀とか金属バットであったなら。煙をかき消すように、槍みたいに振りまわす。なにこれこわい。すごいけど虫取り網だからねこれ。ある意味すごい光景だけど。

「っ!青峰君そっちは駄目だ!!」
彼の前にちがう毛色の嫌な煙をみて反射的に叫んだ。青峰君がすぐに振り返る、私の足が何かに躓いてつんのめった。白いツタのようなものが私の足に絡みついている。それらが私の足から上へ昇って来ようとして、でも、それはよくみれば赤子の手だった。
「来い!」
青峰君が腕を私の掴んでそれらと引きはがす。振り切って走り出す。走るというよりは跳ぶ、いや滑るようなスピード任せな駆け方。身体中にまきついてくる重くて気持ち悪い残留達を裂いて、此方の足がもつれるのも気に留めずぐんぐんひた走る。すごい勢いで景色が流れていくから私の視界からは彼しか追えない。
「お前足おっせーよ」
言い訳が許されるなら貴方にについていけるわけが無い。息を切らしつつ文句を言おうと肺に空気を入れた瞬間、視界が一点した。ちょっと待て、身長190cmオーバーの男に俵持ちにされている。怖い怖い怖い。お化け屋敷からジェットコースターへ、種類の違う恐怖が襲ってくる。青峰君は片腕に担いだ状態でジーンズのポケットから携帯を取り出す。
「そっちまだ車停まってるか?おう、今から行く」
手早く話して携帯を切る。
方向感覚どうなっているのか、暫くすると森林から車道に飛び出した。見覚えのある停車したワゴン車が一台、狙ったように丁度目の前の茂みから現れる。携帯を持った黒子君が脇に立っているのを辛うじて認識した。私を担いだまま青峰君が荒々しく車のドアを開く。
「こん中じっとしてろよ」
厳しい声に反射的に身を固くした隙に車内に押し込められた。はっとして青峰君をみて、呼び止めようとした私の頭を有無を言わさずぐしゃぐしゃに撫でる。彼はまた少しだけ笑ってすぐに閉めたドア越しに投げかけた。
「テツ、黄瀬のバカ探してくっからこいつ頼むわ」
そして此方の返事を待たず身を翻して闇の中に消えていってしまった。


120825/三話了

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