唇 | ナノ


パスケースが階段を転げていく様を見送ることしかできなかった。私のミィが。ポリビニルクロライドの塊が叩かれる安っぽい音。彼が抱きとめてくれなければ私もその末を追っていただろう。留めるというより背後から拾い上げると言った方が正しいかもしれない。私自身が状況を把握できていないのだから、彼にそれ以上だった筈なのに流石の反射神経だ。バスケさえしていなければ彼も普通の男子高校生とおもっていたのに、やっぱり特別は特別なのか。頭とお腹を固定する手はびくともしせず離そうとしない。
「おら、鬼ごっこは終わりだ」
声色は予想よりずっと冷静で、息遣いも殆ど乱れた様子もない。いっそ思い切り馬鹿にしてくれて良かったのに、こんなときばかり大人にならないで欲しい。
「みないで」私の口から洩れたそれは果たして本当に音になっていたのか、しゃくり上げながらでてくる歔欷、あとはもう眼からぼろぼろ落ちていく。相変わらずがっちりまわされた腕の大きな手が前髪をかきあげるように撫でる。手の温かさに、頭じゃなくて首に回してそのままトドメをさしてくれないかと少しだけ夢をみた。
「汚ねーしあんま泣くなっつの」
(青峰君に比べたら、)
「っく、私、汚いよ、知らなかったの?」
拭っても拭っても止まる気がしないからもう諦めて両手で貌を隠そうとしてそれも阻まれる。彼はつよい、なにひとつ叶えてくれない。反射的に睨み上げようと貌を上げたらキスされた。眼を強く瞑るとパキンと足場の氷にひびが入ったような気がした。つかまったと漸く自覚する。


Sel'ge Liebe auf den Mund,(120810)
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