火神にお祝い | ナノ


今日の天気は花の雨だ。紙吹雪のよう恋文のように不幸の手紙のように御守りのように、見知った貌と眼が合う度に白い小さな花が降らされる。好意とお節介とひやかしとデカい悪ふざけで人を花瓶扱いしながら贈られた安い祝いの言葉。昨夜誕生日と知らされなければこんなに見え透いた魂胆に気づくのも時間がかかっただろう。誰の陰謀だとやり場のない鬱陶しさと呆れを込めて訊けば、誰も彼も口を揃えて悪戯まじりに笑う。
「お前のカノジョ!!」



転がるボールを拾い上げて、緩やかなカーブを描いてボールがリングをくぐる。眠くなるようなシュートだった。同時にこの世で最も貴重だと思った。バスケをする彼女をみるのは。そのままドリブルを1、2、3回ついてコケた。
「なにやってんだよ、おまえ」
だって靴紐がとか何とか言ってるのを流しながら腕をつかんで引き上げてやる。おれの体温が高い所為か手の平に伝わるひんやり感じる素肌が心地よく、逆に彼女の動揺も直に伝わる。
「おい、どうした?」
覗きこんだ貌は火が出るほど真っ赤で迂闊にもつられかけた。水気を含んだ双眸と羞恥に耐えるように身体を震わせながら、蚊の鳴くような声で離してくれと訴える。若しや体調が悪いのかと額に伸ばした手すら拒むので、怪訝ながら腕を解放する。やわくて細い(と言えばむくれて黙り込む)二の腕の感触を忘れたいんだか名残惜しんでるんだか自分でも解からない。振り払いたい邪心はお互い様らしく、ボールで貌を隠しながら話題をそらす。
「今日の火神君いい匂いがする」
そいつはどーも。誰かさんのおかげで、というかおまえなんだけど。一体どこに金と手間を使ってるのか。様子が変だとは思った。こういうサプライズ染みたことを自主的にやらかすタイプでは無いし。妙なところに人脈があれど、本人は人付き合いが決して得手ではない。寧ろめちゃくちゃ不器用だ。どっかの誰かに入れ知恵されたか?危なっかしいのは元からだが普段に増して浮世離れしているようにみえた。
「うん、今日は私、火神君の神様だから」
頬を紅潮させて酔ったような浮ついた調子、こんなに機嫌のいい彼女は初めてみたかもしれない。俗に言うとかわいかった。そろそろ脈絡の無さにも諦めが勝り溜息をつく。
「一人でチーム全員担いだのか?」
「ううん…リコ先輩とキャプテンに我儘いった」
「……2号にまでか」
「お祝いしたかったって」
「この花、」
「誕生日花、本来この時期は花咲かないみたいなんだけど、神話の女王さまの亡骸って意味なんだって。花言葉は『真心を込めて』」
ひとつ頷いて、おれの髪にひっついてたらしい花弁を一枚取る。
「最初はもっと違うものを考えてたんだけどね、実用性のあるものとか消耗品とか、でもきっとこっちの方が喜んでくれるって思って」
緊張と興奮からか、おれ以上にものを伝えるのが下手くそな彼女の声は早口になっていく。これに一々キレてた頃が懐かしい。やっぱ馬鹿だよお前、周囲に冷やかされんのあんなに嫌がってた癖に。そんなんだから先輩達おまえが可愛くてしょーがねえんだよ。練習後でもないのに彼女につられて此方の呼吸も詰まってくるような気がして、舌を噛みやしないかとヒヤヒヤしながら彼女の首筋に滲む汗をみていた。ふにゃりと、女神が笑う。
「だって貴方は、皆の気持ちを背負う10番だか、ら…」
硬い音を立ててボールが落ちた音がして、引き寄せた後頭部の黒髪の柔らかさに頭がおかしくなる。はっとして目を見開く、うつされたように貌が熱かった。やばい、ここが校内ということをあと数秒で忘れるところだった。頭の中までお花畑にされてどうする。殺しきれなかった勢いのまま額同士がぶつかった。
「あだっ!?」
脳に直通する鈍い音と拍子外れな悲鳴におもわず噴き出す。しょうもなさに安堵した。意味の無い抵抗を無視してそのままぐりぐり額を押し付ける。
「もらっとく。おまえのそういうクソ痒いとこ、すげえ好き」
赤面したまま困ったように眉尻を下げる表情が心底愛しいとおもった。




(おおおおい!?そこでちゅーしないんかい!!?)(あれで付き合って3ヶ月って嘘だろ…)(ふざけんなバ火神いいいい)(ラブラブじゃあないですか)

(120802)夏休みとかツッコミは無しで




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