忘種 | ナノ


おいでおいでと手招きされてこれは罠だ。そう何度言い聞かせても制御を知らず、ふらふらと何かの引力に導かれて彼の腕の中に傾れ落ちる。視界の端でちらつく髪が耳を柔らかくくすぐる。彼の髪は美しい。長い腕が安全ベルトみたいに私の背中にまわる。深い意味はないけれど蜘蛛が獲物を繭に囚える光景が浮かんだ。ぺたぺた貌を触ってたかと思えば顎をつかまれて声無く開くよう促される。目をみるのが恐くて視界を閉ざせばすぐに口付けられる。はたしてこれをキスと呼ぶべきかはわからないけれど。真っ黒に焦がしたトーストの上にハチミツをかけて甘くしたような、まがいものの甘い香り。舌を食べるつもりじゃないかとおもうほど強く吸われる痛みに涙が滲む。舌を抜かれたらさすがに死ぬんだろうな。品無くスープを啜るように音を立てて唾液を交換して口の端からだらだら唾液が零れて、うわあ汚いと思う間もなくて益々泣きたくなった。
「ひ、あ、あ、」
唇は離されても咥内は解放されなかった。彼の人差し指と中指を2本口に突っ込まれて閉じることができない。それどころかたかが2本の大きくて長い指が呼吸すら奪う。あちこち我が物貌で弄ばれてえづきそうになるのを耐えるけど、歯を立てるのだけは厭だった。(いやでもほんとは吐くのも厭だよ、だから飲み込もうとしてるのに邪魔をする)
その間も顎から零れる唾液を舐め取られ、ざらついた感覚にぞわぞわと背が震える。内と外から遊ばれてるみたいに、もう片手が背中をゆるゆる撫でる。不意に名前を呼ばれてとうとう眼をみてしまった。ん?と小首を傾げる。
「泣い、ちゃった?」
これも頂戴とせがむ。その声のなんて愉しそうなこと。背中にあった紫原君の手がシャツを捲りあげながら、つむじに可愛らしくキスを落とした。

忘種/120731

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