隣人 | ナノ


微妙にリズミカルな、けれどどこか音を外した間抜けな足音を捉えた。
「おう、おかえり」
転じた声に眉間に皺を寄せることで返される。眼鏡もコンタクトもして行かなかったのか、こんなときばかり憂い屋がしっくりはまる。煩わしい音を立てて駅前のコンビニの袋を持ち上げる。
「ご飯食べる?」
「あんたまたコンビニ飯かよ…冷蔵庫水とアイスとケチャップしかなかったぞ」
「通い妻みたい」
先ほどまでの余所行きの仮面がずるりと剥がれ、彼女から向けられる眼差しが明らかに柔らかくなるのをだらしなく思いながら、己も彼女からしたらそうであるのかと考えると頭を抱えそうになる。このぬるま湯のなんと抜け出しがたいことか。3つ上とは思えない(信じ難いがこれで名の知れた医大生だ。)幼い好意に骨抜きにされるとは情けないことこの上ない。否、恐らく向こうも相当なものだという自惚れはあるが。湯気がでるほど真っ赤になって渡された合い鍵を己だけが親の形見のように大事にしてみるものの、お返しに半ば強引に押し付けた同じつくりの異なる鍵は未だ使われた試しがない。
「だって、金髪美女に鉢合わせしたら修羅場に」
「ならねーよ!!だから、ちゃんと紹介するっつったろ!つかさせろよ!」
びくりと肩を震わせた彼女にしまったと思ったときには俯いて力無く首を振った。彼女の悪癖。トラウマ。過小評価と直通した否定。
「いいんだ、ごめん、まだ並べない」
彼女のなけなしの自尊心はおれと出会う以前からズタズタに引き裂かれ、修復には気の遠くなるだけの…まあ付き合う気でいるのだが。それでも当時に比べれば今の彼女は随分回復したようにみえる。こんなままごとを成長と呼ぶのは我ながら甘い評価かもしれない。くだらない独占欲を誤魔化して彼女の良き友人として、可能な限りの誠意を返す。

「今はたいが君が居てくれるからいい」/120725

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