冤罪 | ナノ


長い前髪で表情は始終見えなかったが、当事者でありながらヒステリックに騒ぎ立てることもなくそれが余計悲痛に映る。音にならない悲鳴の代わりに訴える固く握られた指先を如何して見過ごさなかったのか。如何しておれ以外に気づいてやらなかったのか、こんな顰め面のまま向かい合わなければならない。
「ありがとうございます、怒ってくれて」
女が深く頭を垂れる。長い黒髪が重力に従って肩から零れる様は酷く虚しい。
「貴方が殴ってくれなかったら、私が殺してたかもしれません」
彼女の声は無理に気丈に努めようとして失敗しているのが丸わかりで、震える肩が見ていられないほど痛々しかった。
「え、ちょっと、」
引きずり上げた彼女の死人のような青白さにも、今に崩れそうな身体の脆さにも、おれの前でなんてザマだ。身体が強張ったのを気づかないふりをしてその細身を腕の中に囲う。正直細すぎてこっちがびびるわ馬鹿。
「アレだ、上手く言えねーけどよ、放っといて欲しかったら次からそんな貌すんな」
戸惑いが肌を通して伝わるのがむず痒くてガキをあやすように背を叩く。彼女の身体は拍子抜けするほど手応えがまるで無い。この手を離したらこいつ死ぬんだな、と思った。
「……人が良すぎます」
高すぎず張り過ぎない、どこか気の抜けたような独り言が耳に馴染んで浸みていく。何かと悟ってぼすりと肩に貌を埋めて長く長く息を吐き出す。いい匂いだな畜生。彼女のいつもの冷静さがまだ戻らなければいい。今はお互い見れたもんじゃない。

冤罪/120725

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