ハートマークはご愛嬌 | ナノ



飛び起きて一直線、逸る気持ちがいい加減爆発したのか子供のように叫んでぎゅうと彼の頭を抱きしめる。
「うおっ…ばっ…てめ離せ馬鹿!」
「おかえりなさい!!」
胸元でもがもが抵抗しているけどもちろん無視、笑えるくらい喧しい心臓ごとおさえ込む。身体が熱い、このまま想いだけで燃え尽きてしまいそうで少し怖い。とにかく恋しくて恋しくてこの世で一番単純な獣になったような気分だった。
「イヴァンちゃんイヴァンちゃん会いたかったよ!」
「わけわかんねえ……ってか酒臭えしクソまじ離れろ酔っ払いうぜえ!」
暴れる彼を身の振り構わず抑え込んでわしゃわしゃと愛玩動物にじゃれるみたいに鈍色の短髪を撫でまわす。途端彼の整髪剤の匂いが広がって朱に染まった耳が覗く。重たく輝るピアスとのコントラストが眩しい。私を突き放すことなんて、鼠一匹追い出すより簡単な癖に。彼は子供には甘いからね、一個しかトシ変わらないけどね。幻じゃないと何度も確かめたくて燃え尽きて灰になりそうな全身で彼を抱き込む。
「会いたかったよ」
「黙れよ鬱陶しい」
「イヴァンちゃんは世界一かわいいなあ」
「キモい」
「好きだよ」
「そうかよ」
「素直じゃないところも好きだよ」
「お前がだろ」
「え、…っ痛」
肉食獣に似た鋭い歯が皮膚の薄い鎖骨に突きたてられる。痛みを認識するより噛みつかれた事実に震え、しゃっくりみたいな間抜けな悲鳴が勝手にあがった。噛まれたところがジクジク熱を帯びてくるのが解かる。毒でも仕込んでるのだろうか。彼は私が痛みに怯んだところを腕を引き離す。ぐるん、一瞬で目が回って一瞬で景色が反転する。真っ白い天井を背にしたイヴァンがほんの少し目元を赤くしたまま笑う。
「なあ、置いてかれてそんなに寂しかったのか?」
真っ赤な舌があの白く鋭い歯を舐めた。
「……っ」
次に襲ってきた強烈な羞恥心に、先ほどの不機嫌顔はどこへやら今度こそイヴァンは声をあげて笑った。
「あーあーったく、しょうがねえな。慰めてほしかったんだろ?」
「あの、ええと、イヴァン?」
「おら、くれてやんよ」
おかしい、明らかに雲行きが怪しいような、というか、すごく下品な空気になってるような気がしてならない。ひょっとして私これ欲求不満だと思われてるんじゃないだろうか。いや確かに馴染みのあるワックスの匂いにちょっとテンションあがったけど、人肌恋しかったけど、でもそうい意味じゃなかったのに。眼をぎらぎらさせたイヴァンに迫られても床を背にしてる私に逃げ場は無く、否、本気で逃げ出そうとすれば手段なんて幾らでもある。それをあえて捨てるのは、先ほどの彼が私を拒まなかったのときっと同じ筈だ……いやでもやっぱり怖い。
「ま、待って!」
「聞こえねえな」
ガブリ。暗転。

さあ、ご愛嬌/20120715
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