踊って | ナノ


椅子に凭れる背中をみて、わたしは多分何も考え無かった。
なんとなし、後ろから首に腕をまわして濡鴉の長髪に貌を埋める。
唇を結んだまま何処か艶っぽい香水の匂いを吸い込んだ。
「ふふ、どうかしたかな」
恐らく背後に立ったときから気づいていただろう、抗う素振りは一切見せずに嬉しそうな声。
こんな真似、他の兄弟にはとてもじゃないけどみせられない(恥ずかしいどころの話じゃない)
「ただちょっと、」
黒い背中越しにディスプレイを眺めながら。
「好きだなあって」
もう周知ではあれ己は実に愚かであると再三思い知る。
自身が今なんと謂ったのかも意識していない。後からくるのは頬の熱。
「……や、やっぱり今のな」
「う、うううああーもう!」
「のわっ」
上体をひねって強引に抱き返され、足がもつれて更にしがみつく。
加えて額やら頬やらに口唇を落とされるから余計身体が強張った。
「俺も愛してるよ!なんてことだ相思相愛じゃないか!ハグしていい?ちゅーしていい?結婚しよう!」
「や、ちょ、息荒いですよバカ!」
気づけば椅子に腰掛ける彼の太腿に肩膝を乗せた危うい体勢。
遠慮なく身体を撫で回す手つきにちょっとひいた。
押し退けようとしても逃げられず、戸惑う表情をみせても困ったような笑みを深めるだけ。
この人に逢った所為でわたしの人生はどんどんおかしくなっていく。
糸で踊る人形みたいにくるくるまわって惑わせて引き摺りこむ。
だらしなく口許を緩める貌すら、こうも恋しくなるなんて。
観念して彼の目尻の後ろに指を寄せて銀縁のそれをそっと外す。
どくりと鼓動がざわついて嵌りにいく確信をした。

踊って/110604

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