構ふ | ナノ


「卯悟くな」一時の動作を正確に判断を下すのは難儀でも、恐らく反射では無く刻まれた本能で停止した。丁度よく墨を吸ったばかりの筆先から落ちて白に黒い円形をつくる。提出間近の証書だったのだけど、と自然溜息をつく。可能であれば戸を開ける際にももう一声加えてくれればとても有り難いのに。実情これまで叶えてもらえた記憶が無い為、一々気に留めてもいられない。本物の鳥より奔放な上司。ある種最もしのびらしくん何よりその本質から遠く、鳥ともしのびとも例えられない。背後から回された手が首でも絞めそうな手つきで喉の近くを撫でる。不快感でいっぱいになっても添える程度の感触を拒むのが恐かった。筆を握ったまま必要以上に力ませた手に厭な類の汗が滲む。「や、やめないと吐きます」「だめだ、ちゃんと折の逢射手をしろ」まさかと思うがわたしが猫にでも視えるのか喉を擦っていた手を離し、代わりに肩を掴んで強引に此方を向かせる。いまいち判別しにくいけれど、嫌がらせではなく信じられないくらい暇なのかもしれない。どちらでも此方としては同じだけ煩わしい。只でさえ読みにくい表情を上乗せで覆い隠す白い包帯を自ら無造作に引っ張った。まるでお面でも剥がしたように晒される素顔、綺麗な三日月を描く口許にぎくりとした。何重も巻かれた包帯があっという間によれて隙間から赤い赤い舌が覗く。「い……っ」痛みの後から尖ったものが歯だと気づく。目にした次には息がかかるほど貌を寄せて、餌でも強請る雛鳥みたいに耳朶を啄ばんだ。一見細く皮と骨ばかりの手にも拘らず抑えつける肩は些少にも動じない。包帯を剥いだくらいでは本当の彼が見える筈も無い。知らぬうちに勝手に震え出した手が筆を落とす。貧血でも起こした時に似た視界の不良さに、だらしなくそのままに緩んだ首許の包帯を縋るように握る。「亞脊、ついていたぞ」抑圧なくそう謂って彼は耳裏を軽く舐めた。


構ふ/110503

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