act.1 朝
「カミュ」
優しい手がふわふわと髪を撫で、柔らかい羽毛に沈んでいたカミュの意識はゆっくりと浮上する。
「おはよう、カミュ」
「シュラ。おはよう」
ベッドの縁に腰掛け、絹糸のような髪を撫でていたシュラの手が輪郭を辿るように滑る。少し骨ばってすらりとした手は、聖剣と呼ばれるにはあまりに暖かく、いまだカミュの真紅の瞳の半分を覆う瞼を悪戯に擽った。
「朝食はできているぞ」
「ああ・・・すまない」
シュラがこっそり宝瓶宮を訪れたのは一時間ほど前。いつもは比較的早起きであるカミュが、この時間にしては珍しくシーツに包まり寝息をたてていた。
ベッドの脇のサイドボードに、栞を置いたまま開きっぱなしになっている本が置いてある。最強と云われる黄金の戦士が夜更かしをして寝坊とは、随分平和になったものだとシュラはひとり笑った。
それから音をたてないように二人分の朝食を用意し、穏やかに寝息を立てる可愛い恋人を起こした。
「スープと、ブルスケッタを作ってみた。デスマスクに教わったものだから味は確かだと思うが・・・」
「デスマスクに?」
「ああ。ついでになんだか高そうなオリーブオイルも分けてもらった」
「それはまた珍しいな」
「そうだな。だから昨日の雨は奴の所為だな」
穏やかに言葉を交わしながら、食卓に皿が並ぶ。
デスマスク直伝の、飴色に焼き上げたトーストにオリーブオイル、レモン、それからギリシャ特有の香りが強く上品な風味のオレガノを振ったブルスケッタに、スープに浮かんだ白いんげん豆は溶けそうなほどによく煮込んである。今朝のために磨羯宮で一晩かけて煮込んでおいたのだとシュラは得意気に話した。
「食ったら出掛けるか。どこか行きたいところがあるのか?」
「ああ。少し買い物を。シュラは?」
「そうだな…食材を少し買い足そうか」
温かい朝食をゆっくり食べながら、今日の予定を練る。
執務の合間を縫って二人で合わせた休日は、まだ始まったばかりだ。
カミュは口の中でとろける豆の食感を楽しみながら、今日は何を着ていこうかとクローゼットの中を思い出す作業に没頭することにした。
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