ハーデス十二宮編終盤
サガが女神を刺したあたり
薄暗いです





 ゆらり、ゆらり
 火時計に灯る炎が弱々しく揺らめいて、また一つ消えようとしていた。
 腕の中で力無く横たわる闇色に染まった親友は、光を奪われた虚ろな瞳でミロを見上げた。

「・・・・・カミュ」

「ああ、ミロ・・・」

 光と共に奪われた音の代わりに小宇宙でミロを呼んで、カミュの闇色に覆われた腕がミロに伸ばされる。
 闇色の指先を彩るのは、カミュがかつて黄金色だったときから変わらない、燃えるような赤。手首を掴んで引き寄せると、皮膚から伸びる根元が僅かに爪本来の淡い桃色を覗かせていた。
 そう遠くない過去、過ぎ去った安穏の日々。こまめに手入れされ塗り直されていたカミュの爪は、少し会わない間に伸びて割れてボロボロだった。

「・・・・・すまなかったな。ミロ」

「・・・言うな」

 カミュが黄金色を纏っていた頃。穏やかな時間が流れる聖域で、カミュとミロは揺るぎない絆で結ばれた親友であり、戦友だった。
 幼い頃から共に過ごし、強くなるために学び戦い拳を交え、弱ったときには肩を貸しあった。背中を預けて語った夢があった。

「・・・わたしは、女神を守ることができなかった」

「カミュ、」


 『いつか立派な聖闘士になって、女神様をお守りするんだ。』
 『その時は必ず、お前と共に―』


 願いは、二人同じ筈だったのに。

 そして繋いだ手のひらに友情よりもっと深い感情を持て余していたのも、同じだったのに。

「・・・・変わってしまった。わたしもお前も。」

 十二宮の戦いにおいてカミュは死に、ミロは生きた。二人は一人になって、手のひらは冷たくなった。
 それでも戦うものとして、手のひらで淡く色付きはじめていた感情ももう一度会いたいという浅はかな願いも、握りつぶして見えないところに押し込めた。

 それなのに再び出会ってしまった二人は、もうなにもかもが違ってしまっていた。
 纏う色。生きる世界。守るもの。重ねられた懐かしい手のひらは、冷たく。

「・・・・・カミュ、俺は、」

「ミロ。わたしはずっとお前に隠していたことがある」

「カミュ、」

「わたしはもうここにはいられない。今度こそ本当に、二度とお前とは会えなくなる。だから・・・」

「カミュ、俺も。ずっと言えなかったことがある」

 持て余していた感情を、伝えようとは思わなかった。ただ二人でずっと笑っていられればそれでよかった。それが穏やかな朝だろうと、血に濡れた夜だろうと。ただ隣にいられればよかった。

 それすらも、もう叶わないのならば。

「・・・ミロ。わたしはずっとお前に焦がれていた。友であるお前に。」

「ああ。知っていたよ、カミュ。・・・俺もずっと昔から、お前のことが好きだったよ。」

 カミュの真紅の瞳が緩やかに細められ、手のひらから伝わる小宇宙が震えた。答えるようにミロも手のひらに小宇宙を込め、闇色と黄金色が混ざる。
 ふわりと冷たい風が走り、時計の炎がひとつ消えた。

「わたしはもうすぐ消える」

「・・・俺も・・・すぐにそっちへ行くことになるかもしれないな」

「・・・女神のためだ」

「ああ」

 聖戦はまだ終わらない。きっとこれから先も、たくさんの戦いをしてたくさんの傷を負う。敗北する気はさらさら無いが、生き延びられる保証はない。

「・・・・そろそろ行くようだ」

 少し離れたところで、両手を女神の血で濡らしたサガが女神の亡骸に見せた布の塊を抱き上げた。
 これでハーデスの城へ乗り込み、決着をつける。
 ふらふらと立ち上がったカミュを助けながら、もう見納めになるかもしれない聖域を見下ろしてミロは背筋を伸ばした。

「・・・まあいつか、会おう」

「冥界で・・・な?」

 黒く染まった聖域の空に、似つかわしくない笑い声がふたつ響いた。
 次に会うときは、きっとここよりも暗い死の世界だろう。
 だがそれでも構わないと二人は思う。愛しい友が隣に存るのならば。



END




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