捏造幼少期





 ミロがカミュと初めて会ったのは、よく晴れた冬の聖域だった。

「水瓶座の聖闘士になるカミュだ。仲良くするんだよ、ミロ」

 カミュ、と呼ばれた子は、サガに手を引かれ、じいっと地面を見つめていた。
 肩につきそうな赤い髪が冷たい風にふわりと揺れて、陽に透けて瑞々しく輝く。隙間から覗いた耳も頬も、袖口から見える手首も真っ白で綺麗でミロはその顔をちゃんと見たいと思うのに、ミロがこんにちはと言ってみてもカミュはその顔を上げようとはしなかった。

「えっと、カミュ?」

 なにか嫌われるようなことを言ったかな?おかあさんが恋しいのかな?思いつくだけの理由を考えてミロが首を傾げていると、サガが困ったように笑った。

「カミュはね、フランスから来たばかりなんだ」

 ギリシャ語がわからないんだよ。サガは二人に目線を合わせるようにしゃがんで、ミロとカミュの頭を交互に撫でた。

「これからちゃんとお勉強して話せるようになるから大丈夫だよ。」

 そこで初めて、サガの優しい声と温かい手に撫でられ、カミュが伏せていた顔を上げた。
 恥ずかしそうに細められたカミュの瞳は髪と同じ透き通る赤で、ミロは思わず音を立てて息を飲んだ。

「まっかだ」

「ん?なんだい、ミロ」

「カミュの目はきれいだね」

「ああ、そうだね」

 サガは優しく笑って、二人の背を押して一緒に食堂に行くよう促した。
 そろそろミロが一日のうちで一番楽しみにしているおやつの時間だ。ミロは待ちきれないとばかりに戸惑うカミュの手を握り、びっくりしてミロの知らない言葉でなにか言うカミュを引っ張って食堂へ駆け込んだ。



 いつもの時間より少し遅れて食堂に着くと、既に着席していた仲間たちは、いつも一番乗りで来るミロが一番最後に来たことと、そのミロが知らない子供をつれていることに驚いてお菓子を食べる手を止めた。

「カミュだよ!今日からおれたちの仲間になるんだ!」

 驚く仲間たちにミロは得意げに告げて、アフロディーテが気を利かせて空けてくれた真ん中の席にカミュを座らせて、隣にいたシュラを椅子ごと押しやってカミュの隣に自分の椅子をねじ込んだ。

「おい、ミロっ」

「はいはいシュラ、もうちょっとつめて」

 食べかけの皿をテーブルに残したまま移動させられて、文句を言おうと立ち上がったシュラをアフロディーテが更に隣に押しやり、椅子まで奪われテーブルの端に追いやられたシュラは溜息を吐いて立ったまま自分の皿を引き寄せた。

「これはね、カミュ、“パステリ”!

「・・・・・パス、テリ?」

「そう!甘くておいしいんだ」

 しっかりカミュの隣を陣取ったミロは、籠に盛られた菓子をふたつ手にとりひとつをカミュに渡して、もうひとつをかじってみせた。それを見てカミュも恐る恐るかじってみる。

「bon fameux!」

「えっ?」

 カミュがパステリをかじるのをじっと見つめていたミロは、カミュの口からミロの知らない言葉が飛び出したのと、初めて見たカミュの笑顔に驚いて、頬を薄桃色に染めた。

「美味いってさ」

「あ、デスマスク!」

 そわそわ落ち着かなくなったミロの後ろからデスマスクがひょいと顔を出した。
 ミロより少し年上のデスマスクは、ミロの知らないことをたくさん知っている。いつだったか、どうしてそんなに物知りなのかとミロが尋ねると、そのほうが女の子にモテるだろとデスマスクは自慢げに鼻を鳴らした。

「デスマスク、カミュの言葉わかるの?」

「ちょっとだけな」

 それからデスマスクはミロとカミュの間に無理やり割り込んで、異国の言葉でカミュに話し掛けた。

「ねえ。ねえデスマスク!いまなんて言ったの?」

「あ?さあな」

「なにそれ、ずるい!」

「つーかお前、カミュに自己紹介してねーだろ。カミュがお前の名前知らねーってよ」

「・・・・・あ!」

 そういえば、皆にカミュは紹介したが、肝心の自分の名前を言っていなかったとミロはやっと気付いた。
 それからちょっと考えて、テーブルの中央に置かれた皿からまあるい果実を手にとった


「あのね、カミュ!おれ、ミロ!」

「ミロ・・・・」

「そう、ミロ!それで、これもミロ!」

 ミロがカミュに差し出したのは、ミロと同じ名前を持つ真っ赤な果実。よく熟れたそれは窓から射す陽の光にあたってきらきら光った。瑞々しいそれに、ミロは見覚えがあった。

「・・・ミロ?」

「・・・・・これ、カミュみたいだね!」

「・・・hein?」

「ミロ、カミュはお前が何て言ってるかわかんねーって。カミュ、りんごはギリシャ語でミロで、こいつの名前もミロ。で、このりんごがお前に似てるってよ。」

 デスマスクが器用に言葉を使い分けて二人に説明をする。離れたところで三人の会話を聞いていたサガも、その様子に安心してそっと微笑んだ。





「・・・・・また古い話を・・・」

 腕を伸ばして持っていた小瓶をテーブルに置いて、カミュは自身の爪に息を吹きかけた。
 その膝を枕にしたミロがしゃく、と切り分けられた果実を咀嚼する。

「こら。寝たまま食うな」

 咀嚼に合わせてもぞもぞ動く行儀の悪い金髪にげんこつでも喰らわそうかとカミュは思ったが、エナメルを塗ったばかりの右手では拳を握れないと思い直して、代わりにまだ色の乗っていない左手で金髪を撫でた。

「カミュ、なかなかギリシャ語覚えなかったなー。わかんねーって言ってんのに」

 ミロが笑うとまた金髪がもぞもぞ動く。それがなんだか心地良くて、カミュは金髪を撫でるのをやめない。

「うむ・・・母国語というのはなかなか捨てられないものでな・・・」

「・・・さすがフランス人」

「何か言ったか?」

「いや?・・・・な、それよりさ。こっちの手、俺に塗らして」

 降ってくる赤い髪を指先に絡めながら、見上げた空色の瞳が悪戯に細められる。

 ミロの指先を流れる髪も、冬の陽に透ける瞳も、あの頃と同じ果実の色で、ミロの傍にある。
 あの頃と違うのは、流暢なギリシャ語と、林檎色に染められた爪と、二人の距離。

 起き上がり最後のひと切れになった果実を頬張りながらミロが小瓶に手を伸ばすと、カミュの指がその手をやんわり掴んだ。

「その前に、わたしもおやつが食べたい」

「え?・・・ああ・・・そうだな」

 そういえば久々にカミュの作るタルト・タタンが食いたいなとミロは異国の甘い林檎の焼き菓子を思い出し、ひとまず林檎色の恋人に林檎味のキスを送ることにした。



END




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