07. 温度差のあるキス




 流し込む酒は喉を通る瞬間にはキンと冷たいのに、何故身体はこんなにも火照るのだろうとミロはボトルに貼られたラベルを睨みながら考える。睨んでも、そこに記されているフランス語は読めないのだが。

「・・・謎だな」
「酔っているのか」
「誰がワインごときで酔うものか」

 ボトルに顔を近付けたままミロがフン、と鼻を鳴らしてみせると、ラベルの周りのガラスがさっと白く曇った。赤ワインといえば深緑色のボトルに入っているものが一般的だが、珍しくカミュが「たまには晩酌でも」と天蠍宮まで持参したボトルは透明のガラスでできていた。ガラス越しのカミュの顔が妙な形に歪んでいる。赤い液体に透かすとカミュの赤はますます強く光って見えて、ミロは目を細めてボトルごとワインを煽った。

「やはりわからん」
「何が」

 ボトルの中のワインは冷たい。なのに身体の火照りは増していく。この熱は、一体どこから来るものなのだろうか。シャツの裾を摘まんでバタバタ振りながらミロはぼんやりと天井を仰いだ。

「なぜでしょう、カミュ先生」
「わたしはお前の先生ではない。もう寝ろ」

 カミュが立ち上がる気配がして、仰いだ天井が見えなくなる。冷たい手のひらに瞼を覆われ、握ったボトルがそっと抜きとられた。

「まだ眠くねぇって。酒も残ってるし、カミュとセックスもしていない。だからまだ寝ない。ワイン返せ」
「わたしが持ってきたワインなのにほとんどお前が飲んでいるではないか」
「そうだったか?」
「ボトルに口をつけるし」
「悪かった」

 カミュの手は冷たいのに、顔に熱が集まっていくような気がして、ミロはようやく自分が酔っていることに気付く。酒にも、耳を掠めるカミュの声にも。奪われた視覚の代わりに聴覚が研ぎ澄まされ、吹き込まれる声に蠍は身震いをする。この声には蠍の毒をも凌ぐ猛毒でも宿っているのだろうか。ヘラヘラと神々に酌をしてるだけだと思って油断をしていた。

「・・・ということはお前の瓶の中には酒が入っているのか?なら水瓶ではなく酒瓶座ではないか」
「・・・もう黙れ、ミロ」

 開きっぱなしの口を冷たい唇で塞がれて、ミロは息を飲んだ。熱く、酒臭い。
 アルコールで熱くなった舌に、カミュの冷静をそのまま写したように冷たい舌が触れる。ひどく気持ちが良い。手探りで掴んだカミュの腕も冷たい。カミュはこの舌を、手のひらを、熱いと感じているのだろうか。魚が跳ねるような音をたてて離れた唇を追いかけて、何度も噛みついて吸いつく。どれだけ触れてもカミュは冷たい。

「ドメーヌ・ド・ラ・モルドレ、タヴェル・ロゼ」
「・・・ん?」
「2004年。生産地、フランス、コート・デュ・ローヌ。生産者、ドメーヌ・ド・ラ・モルドレ」
「先生、なんですかそれは」
「そのラベルに記されていることだ」
「・・・それだけですか?」
「これだけだな」

 唇の先を触れ合わせたまま、ミロはがくりと肩を落とした。結局、この熱の原因はわからなかったのである。なんだか酔いまで醒めたような気がして、ミロはまた冷たい唇に噛みついた。早くこの体温が溶け合ってしまえばいいのに。



END




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