※LCのキャラとの絡みがあります
ほんのりデジェル×ミロ



05. 君からのキス




 夢は、記憶の整理だという。自分が見たもの、感じたもの、触れたものを、記憶として保存しているのだ。
まあこれは単なる一説であり真実なのかどうかはわからないが、ミロは今後この説を推していこうと夢うつつに考えた。

 自分と向き合って立つ人物が見慣れた黄金の聖衣を身に付け、よく知った凍気を纏っているのだが、その髪は見慣れないグリーンだった。
ミロはすぐにこれが夢であるということに気付き、眼前の彼が何者なのかもだいたい検討はついていた。

「・・・いつの水瓶座だ?」

 ミロは自分が意外と冷静であることに内心で驚いた。そして、知人と瓜二つの顔が予想外に悪戯っぽく破顔したことにも驚いて思わずごくりと唾を飲んだ。

「君のすぐ前、だな。もう二百年ほど経っているけれど」
「すぐ、前・・・」

 前代の水瓶座といえば、今この時代の水瓶座、ミロの知人であるカミュの守護する宝瓶宮の一角に巨大な書斎を作った人物である。確かカミュがそう話していた。

「前代の水瓶座が、何故俺の夢に出てくる?俺は蠍座だ。水瓶座のカミュなら宝瓶宮に・・・」

 ミロは一応寝ているので、聖衣を着ていない。まさかそれで間違えたのかとミロはひとつの推測をするが、見た目からして彼は現代の水瓶座とだいたい同じ性質のようなので、彼に限ってそんな間抜けなことはしないだろうとすぐに思い直す。だがそうなると、彼が自分の前に現れた理由は一体なんなのだろう。

「ああ、いや。君に・・・蠍座の君に会いたくて。」
「俺に?」

 す、と彼の手が伸ばされミロに触れた。冷たい。夢であるのに妙にリアルに感じるのは、その冷たさがカミュと同じだからだろうか。剥き出しの腕を優しく掴まれる。そろそろ半袖で寝るのも寒い季節になってきた。

「君は、水瓶座の・・・カミュと言ったか。カミュとは親しいのか?」
「えっ。ああ、まあ・・・」
「ふふ。答え難い質問だったかな」

 カミュより少し長い、グリーンの前髪を揺らして水瓶座はまた笑う。纏う凍気がはじめに感じたものよりも柔らかくなって、まるで雪解けのようだとミロはぼんやり思う。

「・・・私にも、蠍座の友がいるのだ」

 深い海のような目が初めてミロから逸らされ、遠くを見るように細められた。

「蠍座の・・・」
「些か気性の荒い奴でな。色々と手を焼かされた」
「はぁ・・・」
「だがな、彼は誰よりも真摯に自分の命と向き合っていた。私はそんな彼の行き様をずっと傍で見ていてとても尊敬していたし、彼も私を最期まで信じ続けていてくれた」
「・・・命?」

 腕を掴む力にほんの僅か力がこもる。深海の瞳が揺れている。穏やかな表情であるのに、その海は少しだけ哀しい色を浮かべているように見える。

「ああ・・・彼の心臓は人一倍、熱かったのだ」
「それは・・・」
「そして私は時折そこに触れ、その熱を冷ましていた。
・・・だが彼の脈打つ心臓には確かにこの手で触れていのに、私は最期まで彼の心に触れることはできなかったのだ」

 虚空を見ていた瞳に再びミロが映る。氷のような冷たい色の海の中でミロが揺れていた。
 カミュの燃えるような深紅の瞳とは正反対の色のはずなのに、ミロを見つめる眼差しの優しさも、その奥に潜む雪のような脆さも同じだ。
 それをもっとよく見たくて、ミロは無意識に彼の手を握った。その瞬間だった。

「・・・え?」

 焼けつくように熱い己の心臓、そこに宛てがわれる冷たい手のひらの心地好さ。漆黒の翼竜。駆けていく無二の友。渇望していた瞬間、燃える命。ミロにははっきりとわかる。これは間違いなく自分の記憶だと。

「・・・私たちの命は、確かに君たちに受け継がれているようだな」
「・・・もう一度聞く。どうして水瓶座のカミュのところではなく、蠍座の俺の前に現れた」

 ミロの頬に、深海から溢れた水が音も無く零れ落ちた。氷のように冷たい。だが触れた唇は驚く程に熱かった。

「ふふ。恥ずかしいじゃないか。後輩に失恋を語るなんて」
「・・・このキスの意味は聞いても?」
「これは君から水瓶座のカミュへ渡しておいてくれないか」
「・・・これでは俺が浮気したことにならないか」
「おや。君とカミュとはそういう関係だったのかな?」

 ぱちりと器用に片方だけ閉じられた深海はもう揺れていなかった。彼はまた悪戯っ子のように笑う。ミロは瞬時に顔が赤くなるのを感じて一気に恥ずかしくなった。

「おまっ・・・!」
「おや。怒るとますますカルディアと瓜二つだな」

 思わず炎を灯しはじめたミロの指先をすい、と躱して水瓶座は大きく後ろに跳んだ。彼の身体を取り囲むように氷の結晶が舞う。

「カルディア?」
「やっぱり君に会ってよかった」

 ミロは咄嗟に赤く光ったままの手を伸ばした。その手は空を切り、閃光だけがその場に残る。眩しさに目がくらむ。

「カミュを離すなよ」



 次に目を開けてミロの視界に飛び込んできたのは、見慣れたカーテンの青だった。風に揺れるその隙間から見える外は、薄紫に染まっていた。夜が明ける。
 ミロは急いでクローゼットを開け、夏の間そこで眠っていたカーディガンを引っ張り出して羽織った。

 宝瓶宮へ急がなければ。
 唇に残ったこの熱を冷ますことができるのは、彼しかいないのだから。

「カミュ!」

 愛しい名前を呼びながら、ミロは一瞬だけ見たおぼろげな記憶の中でただひとつ鮮烈に覚えている感情を思い出していた。
 蠍座のカルディアは、間違いなく水瓶座のデジェルに心を寄せていたのだ。カミュを想う、ミロと同じように。

 宝瓶宮の扉を叩こうとミロが手を伸ばすと、それよりも一歩早く中から扉が開かれ寝癖でぼさぼさの深紅の頭がひょこりと現れた。

「え?カミュ?」
「ミロ!キスしよう!お前のその熱が冷めないうちに」



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