04. キスがその答え




「・・・そろそろいいんじゃないか?」
「んー・・・いや、もう少し」

 場所は聖域・十二宮。下から順々に登って行って十一番目の宝瓶宮の丸い柱の影に潜む少年が二人。柱に貼りついた金髪の少年が欠伸を噛み殺しながら耳打ちすると、緑色の髪の少年が柱の向こうから視線を外さないまま首を振った。
 二人の額を同時に汗が流れていく。本当ならこんな真夏にわざわざシベリアを出てギリシャなど来たくはないのだが、シベリア海よりも遥かに深い愛情で自分たちを育ててくれた我が愛する師が、どうやらここ最近弟子である自分たちを差し置いてその愛情を別の人物に傾けているらしいとの話を風の噂で知った弟子の一人である氷河は、師が置いていった髪紐で金髪をまとめながら海の下にいる緑色の兄弟子・・・アイザックを呼び出した。

 そんなわけで、聖域に集合した弟子二人はとめどなく噴き出す汗を拭いながら師・カミュの宝瓶宮の広い書斎を覗き・・・もとい、こっそり監視していた。
 しかし正直なところ、そろそろ飽きてきた。延々と続く階段を登りここへ辿り着いたときにはてっぺんにあった太陽がだいぶ西に傾いてきている。師はそれだけの長い時間、書斎から一歩も出ずに一人読書に耽っていた。

「非番の日はいつもこうなのか」
「さあ。アイオリアなんかはいつも鍛錬をしているようだが」
「誰だそれ」
「獅子座の・・・脳筋?と瞬が言ってたな」
「あの女みたいなヤツか。可愛い顔して結構言うな」
「なんのことだ?」

 アイザックは苦笑しながらようやく師の後ろ姿の見える窓から視線を外した。

「ああ・・・聖域は暑いな。・・・・ん?」

 海水が天を覆う海界の涼しさを恋しく思いながらすっかり丸まってしまった背中を伸ばしたところで、アイザックは視界の端に黄金色を捉えた。背骨がぽきりと音をたてる。

「どうした、アイザック」
「しっ。誰か来た」

 じ、と警戒の体勢をとるアイザックの肩を掴んで氷河が身を乗り出す。黄金色の正体は人間の髪で、長くてふわふわのそれは氷河と同じように紐で束ねてあり、氷河はそのふわふわをよく知っていた。

「ミロだ」
「ミロ?」
「蠍座のミロ。カミュの友人だ」

 彼はかつて氷河と拳を交えた男で、氷河が聖域に顔を出せばなにかと気にかけて構ってくれる。少し暑苦しい人だなとは思うが、氷河は彼のことが嫌いではなかった。

 ミロは二人に気付く様子もなく、軽い足取りでカミュのいる書斎のほうへ入っていった。窓の向こうでカミュが顔を上げる。子供二人は慌てて柱にかじりついて監視を再開した。

「・・・なに話してるんだろ」
「さすがに聞こえないな」

 カミュが引いた椅子にミロがすとんと収まる。穏やかに言葉を交わす横顔はよく見えるが、その声は聞こえない。
 ふわ、とカミュの指先が持ち上がって髪をかき上げ、柔らかい笑顔が見える。弟子たちに見せるものとは少し違うその笑顔に、子供たちの小さな胸が跳ねた。

「アイザック・・・まさか・・・」
「待て氷河、バカなこと言うなよ」
「まだ何も言ってないじゃないか」
「だから、言う前に“言うな”って言ったんだろ」
「なんだかややこしくなってきたな・・・」

 氷河は額を押さえた。大好きなカミュに恋人ができたという事実だけでも、母親を他人に取られたような気分にさせられて落ち込んだというのに、その相手が自分のよく知る人物だったらどうだろう。いや、まったく知らないどこぞの女よりはいいかもしれないが。よりにもよって親しくしているミロとは・・・そもそもミロは男であってだな・・・

「さすがに失礼だぞ、それは」
「む・・・思考を読んだのか」
「読むまでもない」

 窓の向こうでは親友(?)たちが会話を楽しんでいる。カミュは相変わらず見たことないはにかむような笑顔を見せているし、対するミロは心なしか耳を赤く染めているように見える。もはや彼らの間には友情を超えた別のものがあるようにしか見えない。氷河もアイザックも、正直これ以上監視を続けるのは居たたまれないと思い始めていた。

「アイザック・・・」
「なんだ」

 氷河はゆっくりとのしかかっていたアイザックの肩から降りた。もう帰ろう。鼻のあたまの汗を拳で拭う氷河は目だけで兄弟子に訴えた。

「・・・しょうがないな」

 帰りたいと思っているのは氷河だけではない。同じように汗を拭いながら、アイザックは氷河より一歩早くカミュの書斎から背を向けた。

「・・・アイザック」

 だがすぐに服の裾を引かれ、その場に押し留まることになった。

「なんだよ」

 氷河は黙ったまま書斎を指差した。もういいじゃないか。アイザックは面倒臭そうに指の先を見た。

「・・・帰ろう、氷河」

 太陽はすっかり沈んでしまい、頭上には蠍座の一等星が輝いている。二人は再会を約束して、それぞれの帰路へとついた。

「でもなぁ・・・」

 砂浜を歩きながらアイザックは一人ごちる。

「キスシーンはないだろ、キスシーンは」

 別れ際、氷河は後日カミュに真相を聞いてみると言っていた。だがアイザックはそんなこと無駄だと思った。赤い髪と金の髪を絡ませて、情熱的にキスをする二人を見てしまったのだから。
 それは本人に聞くまでもなく、二人の関係を誇示する強烈な答えである。
 アイザックは足元の砂を思いきり蹴った。

「リア充爆発しろ」



END




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