袋の中には石がひとつ入っており、それは昨日ロドリオ村の露天商から買ったものだった。
何故かはわからないが、何かに引き寄せられるように買ったライラック色のその石は小さくでこぼこで、色の濃い部分もあればほとんど白に近いところもある不思議な色だった。そしてこれは原石というもので装飾品にするには加工が必要だということと、この石の持つ意味を露天商のオヤジはシュラに話してくれた。
明日、カミュが修行地から帰ってくるらしい。きっとこの石はカミュに似合う。シュラは袋に入ったそれを両手で包むように持って帰った。
「・・・カミュ。今日は・・・・・」
「今日?」
「あー・・・なんでもない・・・・いや、なんでもなくはないんだが・・・・」
「え?」
『この石の名前はアメジスト。こいつはどんな危機や困難も乗り越えられる力を与えてくれると言われている。お前の一番大切な人にやるといい。きっとその人を守ってくれる』
・・・一番大切な人は女神に決まっている。
だがシュラは、どうしてもこの石をカミュに贈りたいと思った。守るべき女神よりもカミュのほうが大切なのかと言われればシュラにはよくわからないし、第一何故カミュなのかと言われてもそれも明確に答えることができないだろう。
だが、カミュがいない数年の間シュラの心を占めていたのは、夜になっても窓から見える宝瓶宮に灯りが灯らないことや少し下から見上げてくる林檎のような赤い瞳がなくなったことへの、寂しさと不安だった。
自分より後に修行に出たデスマスクやアフロディーテがなかなか帰ってこなかったときも、こんなに寂しいとは思わなかったのに。
この感情をなんというのか、戦い方しか学んでこなかったシュラにはわからない。
わからないが、カミュも同じように思ってくれていたらいいと思う。
「・・・・これを、お前に・・・」
「・・・くれるのか?」
石だけじゃなくて、この気持ちも伝わるように。
シュラの手からカミュの手に移った小袋はしわくちゃになっていたが、カミュは驚いて林檎の瞳を丸く開いて中から石をとりだした。
「とても綺麗だね、シュラ」
「ああ。だがそれは磨いて加工するともっと綺麗になるらしい」
カミュが腕を高く上げるとそれを覆う黄金の水瓶が太陽の光を受けて強く輝いた。その手のひらに乗った石も同じように光って透けている。シュラは眩しくて目を細めた。
「わたしはこのままでも綺麗だと思うけど・・・シュラは磨いたほうが好き?」
「カミュの好きにしろ」
「うん。・・・でもシュラがどっちのほうが好きか知りたいな」
「・・・なぜ?」
トクン。シュラは胸の奥でなにか温かいものが跳ねた気がして、そっと自身の胸をおさえた。
「・・・・・いいから。シュラはどっち?」
正直シュラは、原石のままでも加工をしてもどちらでもいいと思っていた。カミュの好きに扱ってもらったほうがシュラも嬉しい。だがカミュはどうしても知りたいと強く意志の籠もった瞳でシュラをまっすぐに見つめた。
「そうだな・・・・折角だから磨くとどうなるのか見てみたい。だが本当にカミュの好きなようにしてほしいんだ。いらなければ捨ててくれてもいい」
「捨てるなんてことはしないよ。・・・でもよかった」
「なにがだ」
「わたしもこれを磨いたらどうなるのか見てみたいと思っていた。同じだったね」
ドクン。今度は大きく胸の中でなにかが跳ねた。
『同じ』だと。カミュはそう言って笑った。キラキラ。水瓶座が光る。シュラはまだこの優しく温かく心臓を揺さぶるものの正体に気付けない。
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