そういえば先程通り抜けてきた十二宮は、今日は皆どこかへ出掛けているのか無人のものが多く、聖域は静まり返っていた。だからミロも一緒に街へ行く仲間が捕まらずシュラのところへ来たのか。
 こんなことならさっさと二つ上の宮の悪友のところへ行っていたほうが、わざわざ着替えてこんなところへ付き合わされるよりよっぽど面倒じゃなかった。

 そこまで考えてシュラは、そういえばその悪友に昨日「今日の夜は空けておけ」と念を押されていたことを思い出した。

「ミロ。お前の買い物は長くかかるのか?」

「んー。未定?」

「なんだそれは・・・」

「だーいじょうぶだって。夜まではかかんないから」

 振り返りパチンとウインクしてみせたミロは、それからシュラの手首を掴んで狭い商店街を夕方近くまで文字通りひっぱり回した。







 大鍋の中でイカのフライがパチパチと景気の良い音をたてるのを聴きながら、デスマスクは手元のフライパンによく煮込んだトマトを放り込んだ。
右手でそのフライパンを揺すりながら後ろ手で器用にオーブンのスイッチをいくつかいじって予熱を始めさせる。トマトがふんわりと香ってきたらパプリカを加え、塩・胡椒で味を整える。
オーブン用の耐熱皿にそれを流し込み、生ハム、チョリソを敷きつめ、最後に真ん中に卵を落としたところでタイミング良く予熱を終えたオーブンにそれを突っ込んだ。

「カミュ、そっちはどうだ?」

「ああ。もう終わる。手伝おうか?」

「おう、頼む。イカフライが焦げちまう」

 後ろのテーブルでサラダを盛りつけていたカミュはデスマスクの言葉に少し慌ててサラダを冷蔵庫にしまい、イカフライを引き上げる作業に取り掛かった。
 デスマスクは空いたフライパンをさっと洗って片付け、今度はパスタに取りかかる。

 双魚宮のキッチンには食欲をそそる香りが立ち込め、ダイニングテーブルに腰掛けて一連の作業を眺めていたアフロディーテは目を閉じて香りをいっぱいに吸い込んだ。

「本当に料理の腕だけは素晴らしいな。デスマスクは」

「“だけ”ってなんだ、“だけ”って。そういうこと言う奴には食わせねーからな」

「では今夜はわたしも食べさせてやらないことにしよう。せいぜい一人寝を楽しむといい」

「そうきたか・・・。わかった、俺の負けだ」

「わかればよろしい」

 豪華なイタリアンと繊細なフレンチ、それから彼の故郷であるスペインの料理を真似たものがいくつか。次々と出来上がっていくそれらを、暇を持て余したアフロディーテがひとつずつ庭のテーブルに運び出した。

 全て運び終える頃には陽もだいぶ傾き、庭園に柔らかい明かりが灯される。
 そろそろ、元気な蠍に散々街を連れ回されくたくたになった山羊が来る頃だ。
 デスマスクとカミュはエプロンをはずし、アフロディーテは水に挿していた花束を引き上げた。







「・・・結局なにも買わなかったじゃないか」

「まあそういう日もあるよな」

 十二宮の階段を上るシュラはすこぶる不機嫌だった。
 一日中連れ回しておいて、ミロは最後まで財布を出すことはなかった。昼食すら摂らなかったものだから、空腹も相まってシュラは更に機嫌が悪くなる。

 オレンジ色に染まる階段をブツブツと文句を言いながら上っていたが、ふとシュラは違和感に立ち止まった

「ミロ・・・天蠍宮を過ぎたぞ」

 二人の目の前にあるのは人馬宮であり、ミロが帰るべきは今し方通過してきた天蠍宮である。
だがミロは「気にするな」と笑ってシュラに先立ってまた階段を上りだした。

「どうせこのまま双魚宮へ行くんだろ?」

「まあそうだが・・・・って、ちょっと待て。何故知っている?」

 確かにシュラはこのまま悪友のところへ直行する気でいた。夕焼けは濃くなり、約束の時間が迫っている。
 そういえば先程ミロは、『買い物は夜までかからない』と言ってはいなかったか。まるでシュラとアフロディーテの約束を知っていたように。
ならば何故街に連れ出したりしたのだろうか。ミロに誘われなければ昼から双魚宮へ行く気でいたのに。
 これではまるで、シュラが双魚宮へ行くのを阻止していたようではないか。



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