2011 シュラ誕





 その日、蟹座のデスマスクは朝から上機嫌だった。
彼と長い間付き合ってきた魚座の麗人に言わせれば、あまりに上機嫌で鼻歌まで歌い出す始末で、正直気味が悪いほどだ。自慢の庭で美しく育て上げた自慢の薔薇を手折って花束を作りながら、アフロディーテはちらりとデスマスクを見やった。

「・・・随分楽しそうではないか」

 双魚宮の裏に広がるアフロディーテの庭園には僅かではあるが薔薇以外の花も植えてある。赤い薔薇だけでは芸が無いと感じたアフロディーテはポットに寄せ植えしたいくつかの花の中から小ぶりの白い花を切り、花束の中に差し込んだ。
 対して件の蟹はヘンテコな鼻歌を歌いながら(即興で作曲しているらしい)、庭のちょうど中心に据えられたテーブルと双魚宮のキッチンとを忙しなく行き来して大量の食器を庭に運び出していた。

「おいアフロディーテ。スープ皿ってこれだけか?」

「ああ・・・足りないな。それもカミュに借りてくるといい」

 テーブルの周りには少々形の不揃いな椅子がぎゅうぎゅうに詰めて設置してあり、同じ数の食器がテーブルに並んでいるがそれも大きさや形がまちまちだった。何故かというと、双魚宮にあったものと、デスマスクが自室から持参したものと、隣の宝瓶宮から借りてきたものだからだ。

 デスマスクが今日だけで何度も訪れた宝瓶宮のドアを叩くと、カミュは嫌な顔ひとつせずキッチンから出してきたスープ皿をデスマスクに渡し、どうせなら私にもなにか手伝わせてくれとデスマスクに同行し双魚宮へ訪れた。

「助かるよ、カミュ」

「邪魔ではなかっただろうか?」

「とんでもない。君には手伝ってほしいことが山ほどあるんだ」

「待てよ、カミュはこっち手伝え」

 庭園を吹き抜ける風は冷たいが、ポカポカと暖かい、良い天気だった。
 かくして賑やかさの増した庭園には高らかな鼻歌が響き、今日の主役を迎えるための準備が順調に進められていった。







「シュラ。・・・・シューラー!」

 ドンドンと無遠慮にドアを叩く音にシュラは盛大に眉を顰めて空になったマグカップをシンクに突っ込み、不機嫌な顔のままドアを開けた。

「うるさいぞ、ミロ。朝っぱらからなんだ」

 静かに怒るシュラに反して、豊かな金髪を風に遊ばせたミロは楽しげに片手をあげて挨拶をすると、ずかずかと磨羯宮に足を踏み入れる。
 本来シュラはそういった礼儀をわきまえない振る舞いは好きではないが、このミロという男はシュラが幾度小言を言っても一向に聞く耳を持たないし、人懐こい笑顔で謝られてしまえばそれ以上叱る気にもなれない何かがあった。シュラは実はミロのそういうところが少し羨ましくもあり、結局今日もいきなり来て閉まったままだったカーテンを開けてまわるのを黙って見ていることにした。

「・・・・いやいやちょっと待て。何やってるんだ」

 ・・・黙っていられなかった。
寝室に駆けていったミロは、カーテンだけ開けて戻ってくるのかと思いきや、クローゼットにしまってあったはずのシュラお気に入りのシャツを一枚とジーンズをひっつかんで戻ってきた。

「何って・・・だってシュラそれパジャマだろ」

「パジャマじゃない、部屋着だ。勝手にひとのクローゼットを漁るんじゃない」

「細かいこと気にするなよ。いいから着替えろって」

 ほら。と衣服を差し出され、シュラは渋々それを受け取った。どうして出掛けもしないのにわざわざ着替えなければならないのか、甚だ疑問である。だが早くしろと急かすミロを叱る気にもなれず、シュラはのろのろと着ていたカットソーを脱いだ。



 三十分後。ミロに髪のセットまでされたシュラは、ミロに引きずられるようにロドリオ村の商店街を歩いていた。

「・・・・何故俺がお前の買い物に付き合わされねばならんのだ」

 コツコツと革靴の音を響かせてシュラはひとりごちる。
 そもそもミロと自分は連れ立って街へ出るほど仲が良いわけではない。どちらかというと彼は自分よりもカミュやアイオリアなどの同い年連中のほうが仲が良かったはずだ。何故よりによってシュラなのか。そういえば獅子宮を通り抜けてきた際、そこを守護している筈のアイオリアの姿は見当たらなかった。といっても彼はしょっちゅう宮を留守にしては闘技場で鍛錬をしているから、こんな晴れた日に部屋にいるほうが有り得ない話である。



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