(風祭×刃渡里)R18
初めは本当に無意識で、指摘されるまで気付いていなかった。左腕の肘裏が真っ赤に擦れて傷になりそうなほど、右手がそこを掻きむしる。風祭は虫刺されかと首を傾げ、そんな刃渡里にかゆみ止めをすすめたのは2週間も前になる。しかし、脳は痒みを認識していない。ただ、気づけばそこに触れ、酷いときは爪を立てた。刃渡里は汗疹の類いを疑い皮膚科に行ったがこれといった原因はなく、軟膏を処方されてストレスをなるべく感じないようにと言われただけだった。誰かにそうしなければならないと暗示されているように、ひたすら掻き壊す。包帯やサポーターで誤魔化しても、無駄だった。
「まだ治ってねえんだっけ?大変だなぁ、そりゃ」
気の毒そうに眉根を寄せる風祭に刃渡里は静かに頷く。少しの改善もないまま、一か月が経とうとしていた。次の試合までに少しでも傷が癒えるようにと気を紛らわすハードワークが余計に精神を蝕み、遂には眩暈を起こした刃渡里は今、偶然通りかかった風祭の自宅で休憩をとっている。万全な体調管理の出来ない自分を恥じれば、少し曇り気味の笑顔が励ました。
「ま、あんま気に病むなよ。たまにはしっかり休めってことなんじゃねぇの?」
「………はい」
「…しっかしなんだろうな。何か思い当たる節は?」
再三同じ質問をされても答えることなど出来ない。溜息と共に首を横に振り項垂れる。何も思い出すことは出来ないし、眠る間にも掻いてしまう指先が憎く爪を切り過ぎたりもした。奇妙な不自由さはストイックな刃渡里にとってかなりのストレスになっていた。風祭は真剣な表情で、頭を掻く。
「本当に……何もない、ってか」
ぼそりと独り言を落としたことに刃渡里は気付いていたが、相槌を打つこともしなかった。水出しされた麦茶で喉を潤して一息つく。一人思い悩むよりはいくらか和んで体の力は抜けたが、風祭はその反対に緊張した面持ちに変わった。
「あのさ、変なこと聞いてもいいか」
「変なこと?」
「っていうか、その…お前って、最近夢って見たか?」
「夢…?いや……特には」
「見てるけど忘れてるなんてことは…?いや忘れてるから覚えてねぇんだろうけど、あーっと…その、すっげぇ言いにくいこと言うぞ。いいか?」
歯切れの悪い風祭が珍しく、刃渡里は一瞬返答に困った。何か、聞いてはいけない事を聞いてしまうのではないか。それを聞いてしまったら何かが壊されるのではないか。そんな漠然とした不安が胸をよぎり、唾を飲み込む。それでも了承の言葉を吐いたのは刃渡里の無垢な強さ故だろう。それを聞いてびくりと肩を震わせた風祭の方が、おずおずと目を合わせなくなる。
「俺、お前と夢…違うな、もっと生々しくて感触のあるとこで…ヤってんだよ」
「は……?」
「頭イカれてんのはわかってんだ。でもたぶん夢じゃねぇよ。周りに陽平とかもいんのにケツにチンコ突っ込んでセックスしてさ、すっげぇ気持ち良くて忘れられなくて。それに、お前のその腕」
「…!? 何か知ってるんですか!」
刃渡里がはじかれたように身を乗り出し、風祭は濁った目を逸らす。淫夢に登場させられたことよりも、現実の自分の身に起きていることの方がはるかに重大だ。噛みしめた跡の残る唇が、震えながら続ける。
「お前の腕を、そうしたのはたぶん俺なんだよ、リキ」
「どういうことですか」
「あそこで……俺、お前に薬打ってたんだ。何度も、何度も」
「ッ…!!」
風祭の言う場所がどこなのか正確なことは分からなかったが、刃渡里は火をつけられたように体が熱くなるのを感じ、腰を落した。頭の中に覚えのない映像が流れだす。覚えていないのではなく、それは脳が否定し続けた事実の一欠けらにすぎない。刃渡里は現世でもなく常世でもない、狭間の空間――アウトディビジョンで処刑されたのだと。
「っ、なんだ、っこれは……?」
「なあリキ……俺、ほんとに出来ちまうのかな」
がくがくと震えの止まらない刃渡里に風祭の影が落ちる。咄嗟に逃げようと体を捩るも、腕を掴まれ抗えないまま引きずられるように隣の部屋へ連れていかれる。突き飛ばされて伏せた床には、子供用の小さな布団が何枚も並べられていた。辺りに落ちている玩具やまとめ買いされたオムツの残り、ほんのりと残った寝小便のにおいにゾッとする。
「片付けなくて正解だったな」
「司さん…!何を考えて」
「嫌なら逃げてもいいぜ、リキ。お前にマジになられたらさすがに敵わねぇし」
勝負の世界で生きる以上逃げることは敗北を意味するが、その理由を抜きにしても動くことは出来なかった。せめて顔を逸らし、信じたくもない風祭の在り様に背を向ける。そして体を丸め、刃渡里にはどうしても隠したいことがあった。じくじくと中心が痛んでいる。
「さっきの話、嘘じゃねぇから。それに、俺もマジだかんな。お前は悩んでるのにごめんな。俺はもう、お前見てるとたまんねぇんだよ」
背後から被さる風祭が下半身を押し付け、耳元で囁く。熱の籠った手の平が腹をまさぐりシャツの中に入ってくる。刃渡里は性的なことの一切が苦痛で呻いた。意思に反し体が反応しようとも強張った表情が溶けることはない。
「お前のことばっか考えてさ、ちゃんと出来るようにローションとか、買ってあんだよ。はは、笑えんだろ。弟たちのことより…お前とセックスすることばっかで、ホント最低な兄ちゃんだよな」
強引にハーフパンツがずり下げられ、くっきりと体のラインを浮かせた黒いタイツの上から尻を撫でられる。ぐねぐねと肉を揉まれて刃渡里は目の前の薄い布団をぎゅっと握りしめた。羞恥や怒りはもちろんあった。けれど言い訳のしようもない感覚がある。もっと触ってほしいと感じてもいたし、掻き壊したところがじぃんと熱い。
「リキ、大丈夫だって。なんも怖くねぇから、な?」
「ふっ…く、ぅ……ぐぁッ」
下着を引かれると勃ち上がったそこが引っ掛かって痛みを伴った。尻だけを丸出しにした恥ずかしい格好をさせられ、刃渡里は俯いたまままともな思考を放棄してしまいそうだった。風祭が白い谷間に性器を擦りつける。元から汗ばんでいたそこは先走りを塗られて滑りがいい。体の中が疼きだすくらいにいやらしかった。
「司さ…っ、はっ、ぁ、ぅう……やめて、ください」
「悪い。無理だってこんなん。お前のこと責めねぇから、頼むよリキ」
とぷ、と粘着質な液体をかけられて刃渡里が仰け反る。ひんやりとしたそれは風祭の指にまとわりつき、間もなくして肛門へと挿入された。決して緩いわけではないが、過去にまるで使われたことがあるように蠢き刃渡里は唇を噛む。風祭は何も言わず、中を拡げる。指が二本から三本へと変わる頃には涙が滲んだ。
「なんか平気そう、だな。はは…っ、もう、入れる、ぞ」
「ひぐっ…ぅ、あ、ん゙ぅっ……ぃ、やだ…!」
刃渡里は前へ逃げようとしたが強い力で腰をぐいと引かれ、入口に亀頭が埋められた感触に声をあげた。そのままずるずると入ってくる幹が、長く感ぜられる。心地のいい圧迫感だった。そうされることをずっと望んでいたかのようで、瞬間腰が跳ねあがり、前が濡れる。
「っあ、ぃ、……っ!っは、ぁ……くっ、そ、んな」
「リキ……?お前、今のでイったろ」
「って、ません!」
「嘘つくなよ。いいじゃねぇか、ちゃんと勃起して…気持ち良かったら、出せばいいだろ」
健全でいいとからりと笑われ、顔が熱い。刃渡里の耳から項までが赤く色づいて、風祭は息を飲んだ。弟のようだと言うのならば決して越えてはいけない一線を簡単に飛び越え、悦に入っていた。ぎゅうと絞り取るようにペニスを包む肉壁が愛しく、抜くように腰を引いては突き上げてを繰り返した。
「あ゙ぁッ、はっ、奥、は……っあ、嫌、だ…ッ」
「苦しいか?なあ、リキ…っ、あん時みたい、だよな、これ。あと、足らねぇのもあるけど、さ…っ、……全部揃ったら、もっと好かったりして」
風祭が浮ついた声を出し、刃渡里の腕を掴む。上半身が浮き上がり、膝立ちになると股間に視線が刺さった気がした。未だ下着が隠してはいるが一度達した様子が見てわかるそこは、再び上を向き震えている。疎ましい快楽が何もかもを融解させるようで、恐ろしい。
「お前の腕、見してみ。あっちじゃさ、もうボロボロだったろ。紫になって、デコボコの、傷だらけで……それなのに、お前、喜んでてさ」
「はぁっ、あ、…っ、そ、んなこと…っな、くっ」
刃渡里が言いきる前に袖は捲くられ包帯は剥ぎ取られた。何重にも爪を立てて蚯蚓腫れの残った腕が、体温の上昇を意識すると急激な痒みを誘う。風祭は肘を引きよせてそこへ舌を這わせ、時々歯を食いこませながら甘やかな声を楽しんだ。
「司、さっ…!もう、や…っめてください…ッ」
「あんで?これ、いいだろ。中絞まってるし、すげぇ勃ってんじゃん、お前」
「んっ…っく、はぁっ、あ、触るな…!」
「傷ちゃんと治せよ。俺、闘ってる時のお前、好きだからさ」
状況にそぐわない台詞は奇妙にも嬉しかった。純粋な言葉は刃渡里の胸を焦がす。人前には決して晒すことのできない体にされたのが、現実ではなくてよかった。犯されながら刃渡里は熱っぽい頭でぼんやりとそんなことを考えた。もしもそれがこの世界ならば、業界にはいられない。だから良かった。そんな気の緩みは体を許してしまい、今度は風祭の視線を感じながら精液を漏らす。
「ちゃんと、感じてくれてんだな…っ、すっげ嬉しい。俺も、もうイく、からな…っ」
「ひぁ、ッあ、はっ…司、さん…!抜いて、抜い、て…くださっ、な、中は…!」
「なんでだよリキ。このまま、出させろよ」
風祭は容赦なく腰を打ちつける。再び自由になった両手はそれでも制止の為に伸びてくることはない。これは一つの答えであり、仄暗い愉悦でもあった。体内での射精が刃渡里の今の体にどれだけの影響を与えるかは未知の恐怖だ。風祭は堪え切れない笑みを浮かべて、痙攣する腸内で欲望をぶちまけた。最後の一滴まで余すことなく、搾りとられる。
「っは、ぅあ……すっげ、出てる…っ、リキ……」
「ん゙ッ……っ、ぁ、は、ぐっぅ…うっ…」
ペニスが抜けるとぽっかりと開いた穴からは白濁色の体液が溢れた。刃渡里は風祭の支えがなくなると、横向きに倒れて何度も深く呼吸する。焦点の合わない金色の瞳を覗きこんだ風祭がひらりと手の平を舞わせて、短い黒髪を撫でる。そうしてようやく、初めて唇同士を触れさせた。
「……俺、結局はお前のこと殺しちまったみたいなんだよな」
「………?」
「あっちじゃ何しても許されるから…酷いことばっかして、傷つけて。それでもお前が笑って逝ったから、なんかもう、俺、頭おかしいだろ。ごめんな、リキ」
さっきとはまるで雰囲気の違う兄のような男が、悲痛な顔で謝罪するのを刃渡里はじっと見ていた。また一つ失くしたはずの記憶が流れ込んでくる。処刑で初めて注射器を手にしていた風祭は、同じように何度も謝っていた。人の心をその闇を露わにする場所で、少しずつ壊れていったことを鮮明に思い出す。だからといって怒りがない訳でも全てを許すことも出来ないが、刃渡里はどこか安心感を覚えて目を閉じた。
「俺と、」
「ん?」
「司さんは、俺と壊れようとしてくれたんでしょう。陽平のことまで庇って」
「……さぁな。俺、そこまでは覚えてねぇよ。耐えられなかったんだろうな」
「全部、忘れて下さい。俺も……もう、何も考えたくない」
刃渡里はアウトディビジョンで初めに狂った罪人だった。交戦で勝利に酔い人を殺めた快感に取りつかれ、それを危ぶんだ風祭が番人に用意させた薬は始めこそただの鎮静剤だったが、全てがいい方向へと向かうはずもなくやがて崩壊した。風祭は魂を引きつけた二人の弟を救おうとして、犠牲になった。それほどの器も持たないまま、優しさだけで生きたようなものだった。
「リキ、これだけは本当だから…せめて、最後に覚えといてくんねぇかな」
「………わかりました」
「俺はこんな意味じゃなくて、ただお前が、」
大切な感情を差し出した風祭の声音は堪えるように震えて、刃渡里は気付かずまた腕に爪を立てた。部屋の隅に落ちているぬいぐるみが首を傾げて2人を見ている。鬼柳のおいていったダークサンと名付けられたそれの片目が、レンズのように青く光っていた。
151123 題:花洩
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