(スタースクリーム×サウンドウェーブ) 



空が恐ろしいほど遠く辺りは色濃く影を落としている。体はなにかの冗談かと笑い飛ばしたくなるほどに重く、指の一本も動かせはしない。試しに首だけは動いたが、がくりと重力に負け、サウンドウェーブは胸元にもたれ掛かっていた見慣れた機体に気付いた。
『よう、ようやく気付いたかよこの薄のろウェーブ』
と、言った気がした。スタースクリームの損傷は激しく、腕や足が見当たらずにサウンドウェーブは軋む首を傾けた。浅くはない傷跡の走る顔で、こんな時でも憎たらしい表情を浮かべながら必死に何かを訴えているのに、何も聞こえない。真っ先に自身のエラーを疑ったが、集音センサーはまだ遠くはない爆発音を拾い続けている。ならばスタースクリームのボイスボックスの異常を疑うしかなかった。
「《スタースクリーム》」
記録した他者の声を借りて、サウンドウェーブはまたひとつ気が付いた。スタースクリームは言葉に耳を傾けようともせずにひたすら喋り、サウンドウェーブの反応を待っているようだった。スタースクリームの世界に、もう音は存在していなかったのだ。
「《聞こえて、いる》」
せめて見えるように信号を変えて見せると、赤い瞳がようやく細められた。口元がまた、へらりと悪態をついている。
ノイズがかったブレインにスタースクリームに関した記憶が渦巻く。どうしようもないこの小悪党は不器用で、傲慢で、けれど優しくて、唯一愛してくれた特別だった。主たるメガトロンとはまた別に、機械の体に宿した心で懸命に欲したのは彼だけだ。
「《スタースクリーム》」
だからこそ、肉声を持たないことが歯痒かった。他の誰でもなく、自分だけの声で一度だけでもいいから呼んでみたいと願った。愛を囁いて、優しい口付けを請うことは結局叶わなかった。サウンドウェーブは痛みさえない首をどうにか伸ばし、口付けの代わりに頬を擦り寄せる。間に言葉が存在しないことの恐ろしさや、壊れそうなほどの焦燥を初めて味わう。スタースクリームはたくさんのことを教えてくれた。鬱陶しいほど喧しかった彼が傍にいるのは心地いいのに、死を目の前にした今は酷く切ない。
「《だ、めだ…》」
どろりとショート寸前の頭部からオイルが漏れだしたが、顔を覆うバイザーの中を伝い、スタースクリームの顔を汚すことはなかった。
『サウンドウェーブ』
柔らかく、スタースクリームが呟いたとわかった。それからとても不可解なことに『泣くなよ』とも。サウンドウェーブの命ももう残り僅かだというのに、どうしても成し遂げなければならないことがあった。全ての力を振り絞り、腹部から触手を伸ばし、守るようにスタースクリームを抱き締める。
「《おや、スみ…スタースクリーム》」
音声を上手く再生出来たのか、自信はない。しかしスタースクリームは確かに笑った気がした。
そうして、やがて瞳から光は消え失せた。
「《マ、タ……会オウ》」
聞いたこともない酷く聞き取り難い声に、思わず笑ってしまいそうになりながらサウンドウェーブは項垂れた。自分だけの声を最後に手に入れたような気さえしたのに、彼に届くことはなかった。
再び会えるのなら、空を飛べなくてもいい。闘えない、脆くて替えの利かない体でいい。どんな姿でもいい。けれどもし叶うのなら、温度だけでも伝えられるような、今よりもずっと愛を共有できるような、たとえばの話、勇敢な人間に生まれ変わってみたい。
願いながら、ひび割れたバイザーの隙間から一滴だけ涙のようなものが零れ落ちた。



130809
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