(鶴町×雑渡)年齢操作
淡白な性交を終えると、伏木蔵くんは緩慢な動きで布団を剥いで熱がった。敷布団から転げるように畳へ落ちて、汗を含んだ黒髪を纏ったその後ろ姿は影に囚われているように思えた。実際、日の光の似合う子でもなくなってしまったので、片方の目を細めるに留める。思えば、気の遠くなるような年月を重ねたわけでもない。忍術学園という箱の庭から飛び出した雛が、あっと言う間に烏を食らうようになってしまっただけのことだ。
「暑いのかい」
「ええ、とても……あつい」
「本格的な夏が来たらどうするんだい」
「溶けてしまいます」
至って真面目な顔を一度だけこちらへ向けて、ころりと痩躯を転がす。瞬間、ついと項を滑った汗の玉のために、手拭いのつもりで差し出した白い布は私の褌で、決まり悪く手を引っ込めたことに気付かれずに助かった。閉めきった障子の向こうには冷たい空気が漂っている。開けようかと提案すると、伏木蔵くんははいと生真面目に返事して遠慮なく開け放ち、縁側へ這っていく。
「君はまた随分痩せたね」
月明かりに浮かばされた病的な凹凸の影は私を責めるようだった。これではまるで私が飯を食わせていないかのようで、心苦しくもなる。一人寂しく山に籠る青年を気遣い、隠居した身ながらこの人徳を駆使して養っているというのに。親心子知らずとは言うが、この場合、性交渉のある関係では不適切なのだろうか。
「雑渡さんこそ」
「私はそういう歳だし、動かなければそりゃ衰えていくよ」
「だから僕が付き合ってるんです」
「驚いた。品のないことを言うようになったもんだね君も」
「ふふ、誰のせいですか、へんなの」
笑みを含ませた伏木蔵くんはまたごろごろと床板の冷たさを堪能している。放っていると落ちてしまいそうだが、無邪気ながらに計算高い忍である彼には野暮だ。私は怠い体をなんとか引きずって、丸まった着物に腕を通す。縒れた帯と包帯が背中でごわついていたが、構わず伏木蔵くんの隣に座ると、やはりまだ肌寒い。
「伏木蔵くん、包帯巻いてくれるかな」
「いいですよ」
「久しぶりに歌でも歌おうか」
「珍しいことを言うんですね、今夜は」
ちょっと待って、と残して薬箱を部屋へ取りに戻った長髪は黒く光り、裸足の裏は少し黒ずんでいた。茶の髪と足袋の裏が瞬きの一瞬に映り込み、やがて伏木蔵くんの華やぐ笑顔に打ち消される。
「お待たせしました」
「はいはい。さて、上手く歌えるといいんだけど」
「楽しければいいんですよ」
大人びた口ぶりで、私の肩から寝間着を落し、それからは薄い布がこの醜い体を覆い隠すまで繰り返し共に歌った。彼がいた頃より幾らか低い青年声と、老人のようなしゃがれ声が合わさって軽快さには欠けていた。それでも、十分すぎるほどに胸は温かく満たされていく。
「何故、雑渡さんはどこも怪我してないのに包帯を巻くんです?」
「恐ろしい姿をしているからだよ」
「僕は、そうは思いません」
「それじゃあ、綺麗かい?」
「素敵な、僕には魅力的な体です」
「ありがとう、伏木蔵くん。君だけがそう言う」
ぴたりと背に置かれた手は熱く、うっとりと目を閉じることが出来た。夏の始まりに潰えた尊い魂は何処へ行っただろう。未だ囚われたままの私をおいて、きっとこの世の全て浄化するような善行を天でもしているのだろうか。闇夜に紛れていく彼を、私は忘れられない。
「雑渡さん、眠いのなら、布団に行きましょう」
「いいや。眠くはないんだ。考え事だ」
それから真っ赤な炎の海と、星を犯す黒煙がちりちりと左目を焼く。半身を溶かされる痛みを上回った最期を気の毒に思った。忍なんぞにならなければもっと沢山の命を救えただろうに。不運な子だった。それから、置いていかれた私と並んで丸い黄金の月を見る者も、総じて運がない。
「伏木蔵くん、私が好きかい」
「いいえ嫌いです」
「そうか。ふふん、嫌いかい」
「僕があなただけを好いても、あなたが僕だけを愛すことなんてないじゃないですか。だから、きらいです」
真摯に応えた伏木蔵くんは隣へ腰掛けて、足を揺らす。白ずんだ月光の中で、骨ばかりが目立つ彼までもが連れていかれそうで、肩を抱いた。「暑いと言ったのに」と唇を尖らせるものだから、口付けを強請られた気分でそっと舌を出す。つんぼな私は、私も君が好きだよと嘯いた。
加筆150210 (130412)
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