(石神×丹波)
「俺けっこういけるかもしれない」
石神がやたらと真面目な顔で言った。薄暗い部屋の中、その顔を照らす光源はテレビに映るAVで左手にはボックスティッシュ、その右手にはわずかに反応を見せている黒っぽいちんこ。これは一体どういう状況か、簡潔に言えばAV観賞会である。そして、最近縁遠くなりがちだったものに刺激されて二人で並んでオナニーなんかをおっぱじめようという今、石神は俺に向かって真っ直ぐな目線を送ってくれている。
「なにがいけるって?」
「だから、丹さんとセックス?」
「……いや、なんでそこ疑問形よ」
「えっち、とかの方がよかったかな」
「そこはどうでもいい」
それよりどういう風にそんな変な気を起したのかを教えて欲しい。お互いノーマルな趣向だからこそ、こうして男と女が決められたシチュエーション上で行為に及ぶ映像を見ているというのに、どうしたらそう興味を持つのだろう。今でも、最近やっと買った薄型のテレビに映された女優が高い声で鳴いている。それも人気の新人だ、有り難いオカズじゃないか。
「俺より先に丹さん抜こうとしたじゃん?」
「あー…まあ、さっさと終わりたかったし」
「気持ちよさそうに扱くなーって見てたら、やりたくなったわけよ」
わかった?と軽く首を傾げて、さっきまで自分のナニを掴んでいた右手で顎を捕えられる。わかるわけがない。けれど別に嫌悪感はなかった。ただの遊びとしてしてみるのもいい、何事も経験だ、そう思えばいい。こういうのは犬に噛まれた程度に胸にしまっておけばいいだけだ。それに他の誰も知ることができない秘密の行為、そういう背徳的なものには結構興奮する方だ。
「ガミ、」
「なあ丹さん、一回でいいからしてみよーぜ」
子供が遊んで欲しいと強請っているような言い方をするくせに、石神の親指は唇に触れて、力を抜いていると歯を割って口の中に滑り込んできた。それを舌でつつくと、石神がもう一度「一回でいいんだからさ」と目を細める。別に抵抗もしていないのだから察して欲しいものだが、そういう奴だと首を縦に振る。すると、親指が引きぬかれた。
「お、まじ?じゃあ、ローション買ってくるから、丹さんはビデオ止めてベッド行ってて」
「え、このまますんじゃねぇの?」
「他のもので代用するのもなんだし、コンドームもねぇじゃん」
「あ、そう…準備悪ぃな」
「だって元はそういう気なかったでしょ、俺も丹さんもホモじゃないし」
からりと笑う。これからホモのセックスに及ぼうと提案した奴が何を言っているのか。
「帰ってきて俺が冷めてたらどうすんの、こういうのってムードだろ」
「まあ、そん時はそん時。場合によってはレイプかな」
「お前はいいかもしれないけど、それは俺が嫌だ」
「じゃあ、待っててよ。すぐに戻るから」
冗談を笑って返すと、石神は特に表情も変えないで素早くキスをしかけてきて、直ぐに離れて財布を取りに歩きだしていた。「いってきますハニー」という背中に「いってらっしゃいダーリン」と返すものの、奴の恋愛遍歴がやたらと気になり、そして不安が押し寄せてきた。
石神が出て行ってからすぐに電気をつけて、映像を止めてディスクを取り出す。ほんのりと熱をもってしまった薄っぺらいこれの為に、今自分は男とセックスをしなければならないのかと思うと妙に惨めだった。極力考えないようにテレビの電源を落としてリビングを出て、シャワーでも浴びて待っててやるかと、服を脱ぎながら廊下を進んだ。
脱衣所の鏡に映る自分の体には当然だが膨らみというのは存在していない。乳首はあるけれど、自発的に摘まんでも別に気持ち良くはないし、その周囲を揉まれて舐められてをしても感じる自信はあまりない。股間にぶら下がったものに触ってもらえなければ、石神相手にそれらしいセックスなんてできなさそうだ。だいたい、男同士の行為はアナルを使うらしいが、想像しにくい。しかし多分、あの調子では女役をやるのは自分だ。痛い思いをしないように、自分でそれなりに解しておく方がいいのかもしれない。
「うわ〜…テンション下がるわ」
ただ、大人しくやられるのも面白くない。鏡の前の石神が髭剃りに使っているT字の剃刀で陰毛を軽く剃って、刃の間に挟まった毛は、そのままにしておいた。
加筆140917 (2012)
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