(ドリフト+パーセプター)
細くて暗くてひどいにおいのする寂れた路地。そこでいつも誰かが泣いていた。誰かが、その誰かを痛めつけているからだ。金属が擦れ合って熱を生み、流れ出た液がじゅうと気化してあたりに立ちこめる。焦げたようなにおい。ゴミのにおい。いつも、胸躍らせたにおいだ。嫌なガキの好奇心。それが手当たり次第に連鎖を生んで、それに巻き込まれなかったのは、俺を見捨てなかった相棒のおかげだ。「悪い、ちょっと待ってろ」と、そう言って暗がりに消える背中を何度も見ていた。奥まったそこで何が起きていたのかガスケットは見せようともしなかった。喧嘩の助けを必要とされたこともなかったから、舌打ちして壁に凭れて待っていれば、すぐに何もなかったように戻ってくる。正義を振り回しても節度があって、無駄だと思うことも諦めたゴミ溜めの中の救い。わかっているから止めない、その理由をガスケットは知っていただろうか。つまり、俺はそれが悪いことだから、ガスケットを止めないわけではなかった。ただその足を止めることは憚られた。それだけ。何かかっこいい名前のついた何かを気取って、目を逸らしていたのだと思い知らされるくらいなら、あのかっこつけの拳でぶん殴られた方がマシだった。
「もうそこまでにしたらどうだ」と諌めるターモイルの声を知る前に。お前が死んでしまう前に。死にかけた俺の面をして「うるせえな」とデッドロックが吐き捨てる前に。
「死ぬぞ」
「死にてえなあ、殺してくれよ」
「無駄な足掻きだデッドロック」
もういないあの背中を裏切って、デッドロックがケツを振っている。何かをグチャグチャ喚いている。腕の中で変形した鉄屑にひび割れた歯を立てたらすぐに割れて、口の中を満たした循環液と共に欠片を吐き出す。背後でドス黒い塊が腹に響く声で制しても、万力みたいなキツさでしがみついてくる穴を汚すまではどうしたって駄目だった。気付けば時々夢を見た。あの路地の夢。黒くくすんだ壁に弱い誰かを押しつけてめちゃくちゃに犯す夢。いつかの願望。それが叶ったのはディセプティコンに入ってからだ。もう抑制する誰かはいない。ターモイルが役に立ったのは、はやり同じく俺を鉄板に押しつけて忙しなく品もクソもない呻き声で欲望を吐き出すときだけだ。
また、夢を見たと打ち明けた。
「なあ、センセイ…俺はどうやったら変われるんだ」
「君が信じることを成し遂げればいい。そうやってここまで来たんだろう」
「…俺は時々、一番やりたくないことをする」
「例えばどんな?」
見上げた表情は微動だにしない。そんなことに安心して、路地の奥で啜り泣いた顔を思い出し、喉もとで殺す。口をつぐんだままでいると「ドリフト?」と無垢に首を傾げられた。それに耐えきれず立ち上がる。パーセプターに一言詫びて、離れる。
全てを温度のない色で落書きしたようなゴミのゴミの絞りカスみたいな最低な夢を見てしまった。頭の中でいつも誰かを犯してる。変わらず汚れた路地の奥で、今度は、きっとあの右目のスコープがひび割れて、横一文字に引き結ばれた口が解けて、俺を罵る。思えば興奮してしまうので、悲しむこともろくに出来なくなった。
140225
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