(クロームドーム×リワインド) 



例えば誰かを好きになるとして、手を伸ばせば届く誰かに思いを寄せることが悪いことなのか。その答えをいつも持て余している。彼に比べて小さな手には見えない古い文字で書かれたたくさんの疑問が乗せられている。リワインドはそれに気付いてしまう度に握りこぶしで隠して走りだし、声を絞り出す。愛しさを隠すための短い言葉で、いっそ大きな体で窮屈そうに縮こまった臆病な彼を傷つけられないかと。そうして彼の向こうにある鏡から、同じ痛みが返ってくるように。いつか罰があたるように。
スワーブの誘いで立ち寄ったバーの帰り、歩幅を合わせて歩くクロームドームから落とされた声を辿って見上げる。聞き直すと一層歯切れ悪くなった疑問符のついた言葉について、リワインドは首を傾げることになった。「ねえリワインド、何かあったのかい?」と、そんな漠然としたものに向けて。
「別に何もないけど。君こそそんなことを聞いてなにかあったんじゃない?」
「俺はないよ」
「同じく。いつも通りさ」
とんだ皮肉を言ったことに自覚はあった。変化がないことはただの停滞で、それが既に悪循環に繋がっていることもリワインドは知っている。クロームドームが気付かないふりをしようとも、確かに少しずつどこからか綻びは生まれている。それを隠すことばかりに必死なのが現実だ。歩き慣れた床の冷えた感触がいつもより長く続く。
「ドーミィ、じゃあ俺からも一つ聞いていい?部屋に着くまでに教えてほしいんだけど」
「うん」とクロームドームの足が少し前に伸びたことは見逃さない。そうして喉までのぼってきていたはずの用意した台詞はぱっと消え失せる。代わりに記憶したくもないついさっきまでの映像が頭の中を駆け巡るのを感じて、足が止まる。思ってはいけないことを思っている。心配そうな顔を見上げて、リワインドは手を振って「何でもないよ、飲みすぎたみたいだ」と付け加える。そうすれば大きな手が軽々とその体をすくってくれることも知っていた。
「どれくらい飲んだの?」
「さあね、君の倍くらいかもしれない」
「俺が一緒でよかったね」
「君が一緒でよかったよ、ありがとう」
「これくらいなんてことはないよ」
「ドーミィ」
「なんだい?」
「さっきの、忘れてしまったんだ。だから気にしないで」
「いいよ」
「きっと大したことじゃないんだ」
「そうなのかい?」
「だって酔っぱらいの言うことだ、きっと、ろくでもないに違いない」
「リワインド」
「うん?」
「呼んだだけ。目は覚めた?」
「覚めるどころか心地よくてね、眠ってしまいそうだよ」
「少しの我慢だ。ほら、着いたよ。早く休んでしまおう」
自分の足で歩くよりもあっと言うほど早く、二人だけの薄暗い空間に辿りついた。ドアが閉まればクロームドームの腕の中からスラブの上におろされて、「おやすみ」と優しい声だけ置き去りにオレンジ色の機体はのっそりと離れていく。リワインドはたったの一滴ですら通らなかった喉を押さえながら、言葉を返して寝がえりを打った。背中で拒絶されることを悲しんで、互いにそうすれば相殺どころか酷く心が痛むくせに、丸められた寂しげな背中を一度だけ振り返って、そうして後悔する。
バーでの光景が脳裏に巣食って消えず、リワインドはもがいた。それぞれ人伝いに足を運び、見えたのはブリーフケースを抱えた誰かと彼が言葉を交わす切り取られた世界。その瞬間に突き付けられた孤独が、そのままクロームドームへむけた情の深さだ。
無意識に握った手を開いて、静かに頭の中だけで音にする。
「クロームドーム。俺は君に暴かれてみたいんだ」
驚くことはたったの一つ、信じられないような真実が膨大なデータベースの隅に蹲っている。クロームドームが絶えず飲み込む望まれない罪悪感たちを消し去るはずの、小さな幼い感情。永遠になるだろうそれを抱えて眠りに落ちてみれば、クロームドームの立つ向こうの鏡にリワインドの姿はなかった。



131228
[ back ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -