静穏の終点 1/2



朝が来れば溜め息をつきながらも会社へと向かう歯車的な生活は、身の丈に合っていた。起伏に富んだ人生とはほど遠く、ひたすらに平穏を望み電車に揺られる。園田自身は通勤時の混雑にも慣れ、時折目につく具合の悪そうな男にも大した感情は抱かず、他者への興味も薄い。だが今は、さして珍しくもないと一度は無視をした男に、園田は釘付けになっていた。
「……っ、ふ……っう…ぁ、ゃっ……ッ!」
耳を済ませば男の苦しげな声が聞こえてきそうなほどの、生々しくもどこか現実味を帯びない光景。視線の先で、園田と同じくらいの年若いサラリーマン風の男は痴漢にあっていた。それも相手は一人や二人ではなく、無数の腕が細い肢体に絡みついている。
「だっ……ぁっ…やめ、て……っ」
嫌でも体を密着させなければいけない状況下で、ドアの側へ押しやられた青年の周囲には不自然な空間が生まれる。下卑た笑みを浮かべた中年の男が、後ろから首もとに鼻を寄せ舌を出すのが見えてしまうとゾッと鳥肌が立った。園田は嫌悪に顔をしかめ、ふと聞こえたアナウンスを頼りに意識を逸らすことにした。
「っひぃ!や、だ……っや、やぁ…ぁ……」
今度こそ、はっきりと悲鳴が聞こえても気には止めない。園田の他に目を向けた者もいたが、揉みくちゃにされ青ざめた青年はただの混雑に不慣れな人間でしかなく、まさか痴漢にあっているとは思いもしない。気付いていたとしても、 やはり助ける者はいないのだろう。
駅に着くと、園田は足早に日常へ逃れた。標的が女でないというだけで、シチュエーションビデオでなら見たことはあったことだ。偶然見てしまっただけのこと。園田もまた、自分には関係ないと、不特定多数に則った。


痴漢現場の目撃以来しばらくは車両を変えることはあったが、どうしたって人との接触は避けることができない。そもそも自らがそういった集団の対象になるとは露程にも思っていない。大丈夫だと信じこむはずだ。
誰だってそうだろうと、園田は歯噛みする。あの日の朝の混雑に似た、帰路の車内。確かに感じる腰にまとわりつく温度は何かの間違いだ。いくらそう唱えても打ち消せない疑問と不快感が、体から自由を奪っていた。
「あ、の……手ぇっ…あたって、るんですけど」
「ああ、混んでますからねえ。すみません」
勇気を振り絞ってもまるで相手にされない。謝った眼鏡の男は口ばかりで、その手は更に大胆に園田の尻を揉み恐怖を増幅させる。それ以外にも、ぐるりと囲むように立った男たちはそれぞれ素知らぬふりをしながら、粘着く視線を無遠慮にぶつけながら、厭らしい手つきで触ってくる。
「っ……ぅ、くっ……ぁ、うっん…ッ」
吐き気すら込み上げ、園田は手にしていた鞄をぎゅうと握り耐えることしかできない。他に縋りつけるものなどなかった。揺れを利用して集団の中心へと追い込まれた後ではもう遅い。スーツの上を明らかな劣情を含んだ手が這いまわり、足が震えだす。少しでも気を抜いて、男たちに体を預ける格好になるのは御免だった。
「ふっ、ぁ…ぐっ…ぅ、んんっ…や、めろ…」
園田がまともな抵抗も出来ず大声をあげる気配もないと悟ると、男たちは熱い息を零して続けた。終業後でも気の抜けないきっちりと締められたネクタイを引き、チャコールグレーの下を暴こうと一つの意思を持った強大な化け物の触手に捕らわれたようだ。
「やっ…めてくれ……っは、はっん…!」
釦を外し、ワイシャツの上から押し付けられる手は嫌に熱く、園田は体をよじる。男たちが更に喜ぶことは解っていたが、じっとしてはいられなかった。いくつもの指が何度も乳首を掠め、徐々に固くなっていく屈辱から庇おうとあげた腕は封じられ、摘ままれた痛みに涙が滲む。
「な、なん…なんで……ッこんな……」
「なんでって、ねえ?解るだろう」
園田の問いかけに誰かが嘲笑した。若さに溢れ清い体を汚すことが目的に決まっている。それを必死で否定する様も滑稽で、男たちは支配欲を満たすのだ。
「もっと体の力を抜くんだ。こんなに怯えて可哀想に」
「くそッも、やめろ……!止めさせ……ぃッ」
「もう俺が何を言おうと無駄だ。皆、君に興奮している」
耳元で低く囁く主犯格の男は、逞しい太い腕を伸ばして園田の萎えた股間をまさぐった。ヒィッという小さな悲鳴を聞きつけると気分をよくして、そのまま際どいところを撫でさする。
「はっぁ、はっ……ふ、ぅ……うっ、あ…」
じっとりと汗をかいて悶える若い体に男たちは血走った目をして欲望をさらけ出す。がくがくと頼りない園田の足を掬い、揺れに応じて一団はドアの側へと移動すると、行為を加速させた。暗闇を背にした窓ガラスに映り込む園田の表情を楽しみ、淫らに乱れさせることが男たちにとっての替え難い快感になる。
「んっんはっ、ぁっ……や、め…ッ触、るな……」
園田の青白い顔がだんだんと熱を持ち始め、執拗に弄ばれることで性器は意に反して緩やかに勃ちあがる。一人の男がベルトに手をかけ隙を作れば、またもう一人がスラックスをずり下げて地味な色のボクサーパンツを露わにさせた。喉の奥で笑う太った男が皆同じだ、男なのだから当然だと慰めにもならない言葉を吐く。
「うっ嘘、だっ…止めッ、ひ、ぁ…う、ぁっあっ…!」
男が薄い布越しに尻の谷間を擦りあげる。太い中指は今にも体内へ侵入しそうな勢いで園田を苛んだ。怯える体はくにゃくにゃと踊り、俯くことも許されず顎を掴まれて向かされた先には興奮しきった脂ぎった中年の顔。園田は全身に鳥肌を立たせて拒絶し、絶望した。
「ぃや…!ぁぐっ…んっんーーッ!んぶっむぅう」
戦慄いた唇を食まれて、びくんと腰を引けば指先が窄まりを突き園田はボロボロと泣いた。強い力で無理矢理開かせた口の中を舌で犯す。男は大量の唾液を注ぎ、零れた透明な雫は顎を伝っていく。熱気で眼鏡を曇らせた男はたまらず、まだ汚されずにいた首筋にしゃぶりついた。
「おい、あまり焦るなよ。楽しみが減る」
尻を揉みしだく主犯格の男は、話し口からも他より幾分か若く精力に溢れているようだった。直接的な欲望を感じなくとも、一番恐れるべき人種だ。体格もよく不遜な態度で笑い、園田の崩れそうな体を支え直す。
「だって…コイツッ、はっ……たまらなくて…っ」
「エロい肌だ。男を待っていたとしか思えない」
「舌もっはぅ…んっんっんふっ、うっ美味しいよ…!」
「ほら乳首もびんびんだ、直で擦ってあげようか?」
「ね、ねえ右手、借りていい?」
「やはり若い子に限るな。怖いだろうに反応は素直だ」
「俺たちももうガチガチになってら」
興奮した男たちが口々に言う。園田は唇に吸いつく男から逃れ、涙で歪んだ視界でようやくそれぞれの顔を確認して震えあがった。どれも典型的な痴漢のイメージの域を出ない助平な顔にニタニタと笑みを張りつけている。
「嫌ぁ…っ、くっぅ、ぁ……もう、止め……ごめ、なさ」
「何を謝ってるかわからないなぁ」
異様な雰囲気を放つ人間の壁の向こうはもう解らない。きっと誰も助けてはくれない。園田はあの日の青年の行方を知ることになる。目の前が、夜の闇よりも深い黒に溶けていくのを感じた。


 


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