よつにかまる舟 2/3



昭久の集中力のなさに島香は半分も過ぎる前に、中止を切りだした。後日また二人きりになるのも気まずかったが、今日のように夜を過ごすことはまずないだろう。昼のうちなら警戒心も緩み、普段通りに振る舞える自信もあった。昭久はようやく安堵し、島香が出ていくのを待った。しかし、島香は俯いままで立ち上がる気配がない。どうしたものかと昭久が待っていると、不意に島香がぐるりと体の向きを変えた。
「昭久くん、実はもう一つ話があるんだ」
膝が触れる近距離で島香が言い、片手を掴まれる。気圧された昭久は、咄嗟に上体を逸らすように片手を腰のわきに付き、再び湧き上がる不快感に息を飲んだ。
「この前留学をしたいと言ったね」
「は、い」
「私が費用を出してあげよう。その代わり、と言ってはなんだが…条件がある。それさえのんでくれればいい」
手を握る島香の力は強く、昭久は言い知れぬ恐怖を覚えた。条件とされるものは見え透いていた。
「あ、あの、先生…、手が痛い、です」
昭久は三井の言葉を思い出した。全てを否定できないほど島香の目は熱く、自分を見ているのだ。昭久は逃げることも叶わず、ただ硬直していた。
「君は何もしなくていい。わかるね、昭久くん」
島香は腰を浮かせ、顔を近づける。そうして昭久の隙だらけの唇を、包むように食んだ。続けて舌が伸びてくると昭久は全身に鳥肌が立つのを感じ、慌てて島香の体を拒む。しかし島香の勢いは止まらず、呆気なく畳へ押し倒される。嫌っと開いた唇を島香は執拗に追いかけてきた。
「嫌です!先生っ退いて…!やめてください!」
「昭久くん、大丈夫だ。私に任せて」
暴れる腕を掴まれ、非力な昭久は首をねじる。島香は声を上ずらせ、顎から首筋へと舌を這わせた。ぬめぬめとした蛞蝓が這う感覚が気持ち悪い。昭久は正座をといた足で島香を蹴り、一瞬の隙を見て体を庇った。必死にもがき体を反転させ、うつ伏せで逃げようとするも後ろから抱きつかれ身動きが取れなくなる。
「逃げないでくれ、昭久くん!」
「やめてください!嫌っ、やめ…ッ離してください!」
「痛いことはなにもしないから、ね、いいだろ」
寝間着のあわせから手の平が潜り込み、昭久は体を震わせた。胸を滑り、乳首をきゅうと摘ままれる。無遠慮な愛撫は痛みでしかなく、あぁっ、と声が漏れた。島香はそれを快感と勘違いし益々手荒に昭久を抱こうとした。
「君をずっと見ていたんだ、触りたくて触りたくてどうしようもなかった。昭久くん、私を許してくれ」
「僕にその気はありません!」
昭久は身勝手な告白に腹の底から怒りを覚えた。でたらめに動き、島香に肘を食らわせてなんとか立ち上がる。しかし足が縺れて上手く進めずに、部屋の隅に三つ折りにされた布団へ倒れ込んでしまった。すかさず島香が昭久を追ってくる。好きだ、好きだと縋る島香の思考の一切が、昭久には理解できない。
「先生、離してください…っ、お願いします」
「それは出来ない。もう後戻りできないじゃないか」
「僕は先生を慕っています。今なら、なっなかったことにして頂けるなら、僕は」
「駄目だ。君の態度を見ていればわかるよ。無理だ」
昭久の不審な態度を島香は見抜いていたのだ。どれだけ意識されているのかを計るための行動の数々が、昭久には信じられなかった。夜に訪れたのも、土産を手渡す手を重ねたのも、風呂に誘ったのも、肩を抱いたのも、意図したものであり、昭久は全てに嫌悪感を示していた。島香はそれを承知でなお、迫ってくる。
「三井くんにでも聞いたんだろう。彼はおしゃべりだ。それに彼も君が好きなようだったからね、君が拒めば私が退くと思ったんだろう」
「どうして、止めて下さらないんですか…僕は、そんな貴方は嫌いです。とても恐ろしい」
「分からないかい?好きなんだ。君を愛しているんだ」
島香の切ない声も昭久に響くことはない。それでも構わないというように腕を回され、昭久は涙を滲ませていた。信じていた男に裏切られ、犯されようとしてもまだ彼の名誉を守ろうとする自分にも失望していた。大声を上げれば、階下の女将や他の住人が駆け付けることだろう。それすら出来ず、昭久は縮こまった。
「昭久くん、一晩でいいんだ。今だけ君の体を抱かせてほしい。君が好きなんだ。私を愛せとは言わない、君はただ気持ちいいだけで終わってしまえるんだ」
「ひっ…!いやっ嫌です、や、やめてっ」
島香は甘く囁き、寝間着の襟首を下へとずりさげた。項からなだらかな肩までが露出し、昭久は寒さを訴えるように震えだした。熱い唇を押し付けられても、体は無感動なままだ。
「どうか触らせてくれ。私に任せていれば君は簡単に海だって渡れてしまうんだ。いいことばかりだろう」
おしつけがましい言葉に、昭久は嗚咽した。海外留学を志し、島香を師と仰いだ純粋な気持ちを踏みにじられた悲しみがあった。けれどそれを超える悔しさは、他の近道を知らないという事実だった。昭久の涙で滲んだ目には、たったの一晩の恥で夢を叶える自分が映ったのだ。
「君を何処へでも連れていってあげよう」
どろどろとした情欲に飲まれた昭久はとうとう答えを出せなかった。

押し黙る昭久を了解ととった島香は、肩を噛み、両手で丹念な愛撫を始めた。昭久は目の前の布団にしがみつき、泣きじゃくる。


   


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