週末アクシデント 1/1



目の前にハンカチを突き出されると、体が驚いて固まってしまう。頭の中が急に沢山のお湯を吸い込んだみたいにぶわぶわふやけて、僕はすぐ隣の田中の「しーらせくーん?」とふざけて呼ぶ声を遠く感じていた。そして、肩をトンと叩く手のひらに飛び上がる。
「白瀬?おい、大丈夫か」
「えっ、ああ……ごめん、ぼうっとしてた」
はっとした僕は慌てて、顔に赤みがさす前に熱を追い払って、謝りながらハンカチを借りた。 蛇口を閉めて顔を上げると鏡がある。ここは学校のトイレだ。6時限目の化学が終わって、教室に戻る前に田中と来たんだとしっかり思い出す。ハンカチを返して教材を抱え直して、僕は田中を促して歩き出した。
「お前さあ、ここんとこおかしいよな」
「え……そうかな…いつもと変わらないよ」
「前からそりゃ大人しかったけど、ボケーッとしてたり、急に顔赤くしたり……女でも出来たんだろって江口が」
「うぇ!?ないない、いないよ」
「いや絶対なんかある。あ、もしかしてついに童」
「とにかく、そういうのじゃないから!」
田中はジト目で怪しんできて、僕は強く否定した。


僕に彼女が出来たとか、江口までそんな噂してるなんて少し驚いた。途中まで登下校を一緒にしているのに聞かれたこともなかったし。ただ単に僕がとにかく後ろめたかったから、それが顔に出て敢えて言わなかったのかもしれないけど。優しい江口。僕はとても申し訳ない気持ちになる。本当に彼女が出来ていたら、どんなにマシだろう。
「……こ、こらへん、だっけ」
僕は呟いて立ち止まってみる。わざわざ家を過ぎて、あの日のようにコンビニへ向かう通りを眺めた。今の僕は制服のままで、夕暮れの金曜日だ。明日と明後日は休み。思うだけで腰のあたりがむずむずしてくる。僕はつい二週間前にここで誰ともわからない男の人に出会い、悪戯をされてしまった。それ以来、なんだか体が変なのだ。
「っぁ……ぅ、ん……っ」
再現するように口に手を当ててあの時の甘い香りを思って吸い込む。そうすると、不思議とくらくらした。僕は遅れて人がこないことを祈って、ドキドキしながら自分の胸を触ってみる。上手く立てなくなった僕を支えてくれた人の、親切な指は意地悪で、くにくにと気持ちいい触り方をしていた。
「あっ、ふっん、んぅっ……ふ、ぁ」
記憶を辿りながらシャツの下でつんと尖ったそこを恐る恐る摘まむ。くにくに擦りつけているとあの人の声を鮮明に思い出した。頭の中で『乳首感じちゃうの?』と聞かれて、僕は今度こそ縦に首を振った。体はずっといやらしい事を覚えている。嫌なのに、駄目なのに、もっともっとしたくなった。
「ぃ、や……っ、はっう、うそ…た、勃っちゃう」
じぃんとアソコが熱くなる。自分で声にするともっと恥ずかしくて、大きくなった。ジーンズより柔らかなスラックスの生地を押し上げて、僕はぴくぴく震えてしまう。隠すために手を添えたのに、このままいっぱい撫でて射精してしまいたい。でも、駄目だ。
「やっぱり、駄目だ…だめ……しちゃいけない……よね」
僕は必死で耐えて、胸からも手を下ろし、オレンジ色に染まったコンクリートを見る。次には空を見上げて、気持ちを落ち着かせる。そして視線を前に戻した瞬間、こちらに伸びる影にドキリとした。
「なっ、なんだ……おまえ、また逃げてきちゃったの?」
僕はほっと胸をなでおろす。正体は近所で有名な脱走犬のドンスケだった。ボクサーで怖い顔をしているくせに、人懐っこくて愛想がいいから僕もたまに遊ばせてもらっている。
「よし、ドンスケ、おいでー…って、っちょ、えっ」
すり寄って甘えてくるのはすごく嬉しいけれど、股をぐいぐいするのは、今は駄目だ…!
「わっちょ、ぁっ、ぁんっドンスケ…!やっだめっ」
慌てて内股になって後ずさる僕を、遊んでくれるんだと勘違いしたのか、ドンスケはしつこく顔を押し付けてくる。まるでそこにお気に入りの玩具があるみたいに、鼻をブスブスいわせて探られて恥ずかしい。せっかく治まりかけたのに、これじゃあまた大きくなってしまう。
「ひゃうっん、うぁ…ッ、こらっ、来ちゃやだって!」
いつもはお利口なのに全然言うことを聞いてくれずに、僕は涙目になった。どうにか逃げようとじわじわ後退する。それでもドンスケはすっかり興奮して僕のアソコを舐める。唾液が染みをつくっていくのがわかった。
「舐めな、っで、ぁっう、いやっ…、はぅ、んっ」
なんの味もしないのに、大きな舌は執拗にべろんべろんと押し上げるように動く。膝がかくかく揺れて、僕は近くの電柱に背中をぶつけた。
「ド、ドン…っも、やめ、で、出ちゃい、そぉ…っ」
こんな状況なのに僕はどんどん敏感になっていく。知らず知らず僕は助けを求めた。あの日、オナニーだってほとんどしたことのない僕を辱めた人。あの人なら、見つからない場所できっとすごく気持ち良くしてくれる。あの簡易事務所に行ったら、会えるだろうか。考えただけで、全身が痺れるような快感が突き抜けた。
「あ、あっ!はぅ、ぁ、あっほ、…っんとに、やッ……っく、イ、っいっちゃ、うぅっ!」
大きく体が跳ねて、僕はとうとうイってしまった。瞬間、ドンスケは驚いて離れて、僕がずりずりと尻もちをつくと心配して顔を舐める。とてもショックで、情けなくて涙が溢れてきた。外で自分で胸をいじって、犬にアソコをズボンの上から舐められて、下着を汚してしまったのだ。これはきっと、変態な僕への罰だ。

やがて、辺りが暗くなるとドンスケの飼い主の明海さんが騒がしく駆け寄ってきた。今日はもう一人、珍しく男の人を連れているのが会話でわかった。でも僕は顔をみられたくなくて、じっとして動けない。
「君、白瀬くんだよね…?大丈夫?立てる?」
なんだか、聞いたことのある声だ。でも、誰だかはっきりしない。僕はとりあえず頷いて、男の人の方が明海さんに先に帰るよう促しているのを聞いた。少しおっかなびっくり、ドンスケにもお礼を言っている。
「さて……えっと、俺のことわかるよね?」
「……あ、江口の…お兄さん」
「そう。こんばんは。こんなところじゃ危ないから、帰ろう。何か理由があるなら聞くけど」
僕は心配してくれるのが申し訳なくて、すぐに立とうとして、青ざめた。ドンスケに舐められた股の間が濡れていて、お漏らしをしているように思われたかもしれない。
「あっあの…!」
「ドンスケだろこれ。俺も前にやられたし、気にすんな」
お兄さんは、優しく僕の髪をくしゃりと撫でた。それからにっこりと笑って、僕は今度は赤くなってしまった顔を、俯いて隠した。



150210


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