ピンポーン…

ふと部屋で課題を片付けていたディルムットの耳に、耳慣れないそれでも確かに自宅のチャイム音が聞こえてきた。
特別訪ねてくる友人に心当たりもおらず、ましてディルムットは一人暮らしだ。
チャイムの主はディルムットに用がある人間でしかない。

ピンポーン…

「すまない、今開ける」

しびれを切らしたように再度鳴ったチャイムに、ディルムットは玄関に駆け寄った。
テレビで来訪者を確認出来る等と言う高尚な機能などないマンションに住むことが今は悔やまれる。
念のためチェーンはそのままにドアを薄く開く、と。

「すみれ!?」

動揺のあまりそのまま大きく開きそうになったドアが、チェーンに阻まれてひどい音を立てた。
慌てチェーンを外して開け直せば、ずぶ濡れのままそこに立っている恋人がいて。
どうすることも出来ず狼狽えるディルムットを前に、俯いたままのすみれは一歩近づくと小さな頭を彼の肩に預けるように押し付けた。

「…すみれ?」
「………」
「とりあえず、中に入らないか…?此所は寒いし、びしょ濡れじゃないか」「………」

ディルムットが一歩後ろに下がると、すみれも無言かつそのままの姿勢で一歩前進する。
その様にディルムットは苦笑し、それでも彼の意思を尊重して、無理に顔を上げさせることなく静かに玄関のドアを閉めた。

「すみれ?」
「………」
「…タオルを取りに行くから、」

言いかけた先に何があるのか読み取ったのだろう。
肩に埋められた頭が小さく横に動く。
腰辺りのシャツを掴む手にも小さく力が籠められた。
その幼子が駄々を捏ねるような一連の行動がひどく可愛らしくて、ついディルムットは困ったように笑みを溢す。

「でも、拭かないとお前が風邪を引くだろう?」
「………」

またNO。
意地でも離れたくないとでも言うのだろうか。
普段は過剰なまでに辛辣な言葉を紡ぐ口も静かに閉じられたまま、すがるような仕草をしてみせる恋人。
変なところで意地をはる彼に理由を問いただしても、きっと無駄だろう、とディルムットは早々に原因を探ることを諦めた。

「まったく…」

あくまで彼が無言を貫き通すつもりなら此方にも考えがある、と。
そっと小さな体に腕を回し、濡れた髪を撫でてやる。
苦笑混じりのため息で一瞬強ばった体は、それだけでゆっくりと弛緩し始めた。

「体、冷えきってるじゃないか」
「………」
「外、雨降ってたんだな。気づかなかったよ」
「………」
「いくら3月とは言え、まだ寒い。次からはちゃんと傘をさすんだぞ、すみれ」
「………」

ゆっくり、ゆっくり。
まるで子どもを寝かしつけるかのようなリズムで背中や頭を撫でる。
他愛もない会話はすみれを責めるような色は微塵も滲ませていない。

「………」
「………」

肩を小さく震わせているのはきっと寒さばかりのせいではない。
すみれが纏った水以外で、僅かに濡れる肩の感触は、隠し続けようとする彼の矜持のために黙っておこう。
玄関で恋人を抱き締めながら、ディルムットは泣き止んだ恋人をどうやって宥め、甘やかしてやろうかと算段を立てながら、今は静かに冷えた体に温もりを与えていた。







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