07
「自分たち以外の動物や人間を虜にするフェロモンを出す、ねぇ……」
黒いの――アイミリを撫でながら、一人呟く。
「人間を操る、か」
――アイミリは種族的にとても弱いから、外敵から自分を守る為に多種族を操る。己に敵意を抱かせないように。黒い毛と垂れた目元が特徴なのは雄。操るのは種族的に雌だけ。白い毛に吊った目が特徴の雌、“マイミリ”は雄を操る。個体を守るのに特化した能力だから、操ると言ってもアイミリやマイミリに敵意を抱かせないという感情面での操作だけ。特に日常生活に差し障りはありません。もっとも、“敵意を抱かない程度の感情操作”と言うのはかなり控え目な言い方だけど。
ルメニアさんは淡々と言った。
種族的な特徴を話している時は研究者の目をしていたのに、最後の一言だけやけに実感が籠もっていた気がする。心なし視線も遠くを見つめていた気がするのは気のせいか。
――世の中の九割の人間は大概操られる。特異な例外のコーノちゃん、そのアイミリはコーノちゃんを追い掛けて森から出てきたようだから、責任持って世話をして下さい。私、このアイミリに早く案内しろって背中を攻撃されながら帰ってきたの。私は世話したくないわ。
ルメニアさんが無表情で溜息を吐いてそう締め括るまで、ジャメラ氏は、ひたすらアイミリに警戒の視線を向けていた。
ころころ
「………」
今は家に帰ってアイミリと戯れている。ハイマーさんに渡された手記について、ジャメラ氏とルメニアさんが緊急会議を開き始めたため、邪魔にならないように帰ってきたのだ。空気の読める私は退散する時を見誤らない。断じて二人の「これから難しい話し合いをします」という空気に巻き込まれてたまるかと逃げたわけではない。退散って表現を使った時点で語るに落ちてるとかそんなまさか。
ころころ
……ところで話が変わり、つい先ほどの話。
我が家の前にはたくさんの編集が鬼のような顔で私の帰宅を今か今かと待ち構えていた。表情を除けば大スターの出待ちのようだったが唯一その表情だけで台無しだった。しかも精神的にも色々突き抜けていたらしい。警察に通報するわよと脅せば「ふっ」と影のある笑いとともに「ええどうぞ」と異口同音に答えた。荒んでる。そんな感想とともに意地悪をやめ、ルメニアさんを待っている間に仕上げた原稿を見せれば、彼らは泣いて喜び最後に信じられないモノを見る目で私を見た後さっさと帰って行った。その背中を見ながら、これからはもう少し締め切り守るよう努力しようとひっそり思っていると、乾いた声で「あれ多分先生じゃないぜ」「ああ、たぶんな。でもとりあえず帰りたい」という会話が風に乗って耳に届く。結構本気で反省した。
ころころ
「……お前もね、なんでわざわざ私を追い掛けてきたのよ」
まるで存在を主張するように勢いよく転がるアイミリに、意識を戻してまっくろくろすけもどきをつつく。するとアイミリはぴくりと身動き、そろりと私を見上げてきた。
ルメニアさん曰く、アイミリはあの森にしか住んでいない稀少主であるそうだ。人前には滅多に出ることが無く、彼女も何故アイミリが私を追い掛けて来たかは分からないらしい。
ころころ
「物好きね」
アイミリは賢い動物で、フェロモンを意識的にコントロール出来るらしい。ルメニアさんが無事だったのはその為だ。ただ、そんな例は滅多にないそうだけど。
ほとんどのアイミリは、偶然ばったり別の生き物と遭遇した際に、自分が逃げる時間を稼ぐ為にフェロモンを出すのだそうだ。臆病なアイミリは条件反射でフェロモンを出すから、あえて出さない、というのは本当に珍しいらしい。なかなかない体験をさせてもらったわ、とルメニアさんは言っていた。が、言葉と裏腹に無表情ながら苦い顔(おそらく)だったので、アイミリにいい思い出がないのだろう。ジャメラ氏なんてずっと睨んでいた。勇者時代(勇者時代!)に何か因縁があるのかもしれない。
ころころころこてん
「………」
再び転がり始め、今度は所々私を見上げる動作を入れていたアイミリは、目測を誤ったのか壁にぶつかり、ぽてんと倒れてきょとんとした目で見上げてきた。
「………」
まぁ害はないしいいよね。
そう結論を出し、森で出会った時同様、可愛いその姿に年甲斐もなくきゅんとしながら、私は一つの疑問を抱いた。
――アイミリって、何食べるんだろう。
***
○月×日 晴
我が家に家族が増えました。
でけでけでけでけでけでけでけでけでけでけででーん。
アイミリです。
アイちゃんとかミリちゃんとかアイミーとかシーラカンスとかエドワードとか色々名前考えたんですが、結局こうなりました。
『黒いの』
皆さんも見付けたらそう呼んでやって下さい。
○月△日 曇りのち雨
皆さん大発見です。
アイミリってエサいらないんです。
○月▽日 雨ときどき雷
皆さん大発見です。
アイミリって半端ないです。
○月※日 豪雨たまに強風
皆さん聞いて下さい。
私アイミリと暮らしていける自信遂に潰えました。
×月×日 晴
一ヶ月もブログ更新してなくてすみません。
ここ一ヶ月、コメントが「先生どうしたんですか!?」「ブログは更新するのに新刊はなかなか出さない先生に何があったんですか!?」「筆が遅くてファン泣かせで有名な先生が三日と空けず本を出すなんて天変地異の前触れですかっ?」「アイミリどうしたアイミリぃっ!?」「一度にいきなり出すんじゃねぇよ今月の小遣いやべぇよでも全部買うくそ大好き先生ぇえええっ!!」といった内容の嵐だったんですけど何なんですか普通に応援コメ下さいよ普通に。でも最後の子ありがとう。
うふふ、おそらくあと一ヶ月同じ事がおきますようふふふふふふふh※×△@○
△月×日 晴
お久しぶりです皆さん! 応援コメントありがとう! 先生は皆さんの温かい励ましを糧に書いてます! 先月よりハードスケジュールで二日に一つのペースで本を出版してましたからね、ちょっと大変だったかなっ! でも、私の本を楽しみに待ってくれてる皆さんの為に、頑張りました! 是非是非お財布の中身と相談しながら買ってね! それでは皆さん、今後ともよろしくお願いします!!!^^
△月○日 曇り
一週間前の更新の後、「寝て下さい!」「今すぐ寝て下さい!」「とりあえず布団に直行してぇえええ!!!」のコメラッシュで、首を傾げながらもご意見にそって寝ました。それから記憶がありません。何か気付いたら三日間眠っていたようです。その後ブログ確認して自分で書いた記事に落ち込んで悶々してたら四日経ってました。はい、大丈夫です。もう完全復活です。とりあえずここ二ヶ月の異様というか異常な出版続出について説明します。
諸事情ありまして、元勇者と変態科学者とマイハニーと一緒に旅に出ることになりました。嘘っぽいですがガチです。マジです。
いつ帰ってこれるか分かりません。私は旅になんか行きたくなかったんですが、無言の圧力と脅迫とお偉いさんからの笑顔と勅命で泣く泣く行かねばなりません。今すぐ滅びろ聖女ふざけんな巫女姫禿げろ神官長。だなんて思っていませんよ。
とりあえずその旨を編集長のクローク様にお伝え申し上げたところ、にっこり笑って一生分の本書きゃ許してやらあというお言葉を頂いたので、二ヶ月かけて実行した次第であります。ふ、世知辛い世の中だわ。
旅先でたまに更新するかもしれませんが、基本的にブログ更新はあまり出来ません。勿論本も出ません。だって一生分書ききったもの。コメ返信は今まで以上に遅くなりますが、ご容赦下さいませ。
ベル=スワロー ブログ『再会』より一部抜粋
格調高く、壮麗な文とは裏腹に、ブログはもの凄く軽いので有名な大作家。
デビュー作の『モモ太郎』から大ファンのあたしは、今パソコンの前で首をひねっている。
ベル先生は筆が遅いので有名だが、いくつもの出版社と契約してるせいか、シリーズものの新作は遅いが、違う会社で新たな本が出版されたりと、“先生の本”自体が市場に出回る早さは他の作家よりも早いくらいだ。まぁでも、普通シリーズものの新刊が一ヶ月単位で出るのに比べ、バリー先生は五ヶ月かかるから、それを待ってるファン泣かせというのは分かる。でも仕方ないと思う、すごい契約数だもの。以前ネットの掲示板を見て驚いた。もっと数を減らせばすぐシリーズの新刊も出ると思うんだけど。
掲示板といえば、ベル先生の名前はペンネームというのもあった。本名がちょっと変わっているらしい。それに対して先生は、あとがきだかインタビューだかで、変わってるっていうかちょっと珍しいだけですよ、全く無いわけではない名前です、と書いていた気がする。
と、それは今はどうでもいい。
ここ二ヶ月、先生の本を大人買いしていたせいで、今は財布の中身は空っぽ(初版を買うのはファンのポリシー。重版なんてナンセンス)である。おそらく他にも同じ状況の人がたくさんいるだろう。まだ全部読み切っていないが、さすが先生、どれも素晴らしい作品だった。速さ重視で質が落ちるのではとまことしやかに囁かれていたが、そんな噂を物の見事に蹴散らしてくれた。先生格好いい惚れる。
おっと、また逸れた。
あたしはここ二ヶ月先生のブログについて、ずっと気になっていた事があったのだ。
○月※日のたった二行。
出来ればあの子について早く記事を更新して欲しい。
「……アイミリどうした……」
たいへん気になる事項である。
bkm