流されながら自由に生きる、それが私のポリシーです。 | ナノ



04

 現在地、森。
 そう、私が三年前、気づいたらいたあの森である。

 締め切りに追われてるのにそんな事してていいのか? ふ、愚問。

『取材に行って来る』

 これで一発。魔法の言葉。
 しおらしく下手に新人の(一番重要)まだスレてない編集狙ってやらないと効果はないが。彼は滂沱と涙を流して喜んでいた。先生がやる気を! 改心したんだ! 信じて待ってて良かった! と。罪悪感? 地球の本で作品書いてる私に何を今更。パクってるのに何で締め切りに追われるか? こっち風にアレンジするのも大変なのよ。とりあえず、あの編集が明日には人間不信になって人格が変わってるだろう事は確実である。

「あー……やっぱいいわ……」

 生き返る。いや死んでないが。

 森林浴最高。ビバ緑。現代日本より断然自然豊富で良かったウィルアーロ国。

 ちなみに私は、元の世界に帰る手がかりを探す為にここにいるわけではない。だいたい今戻っても困るだけである。恐らく向こうで失踪扱いになって三年。ガイドブックによると、この世界と元の世界は同じ時間の進みらしいから、仕事も家もどんなことになってるか考えたくもない。面倒くさい。

 何度も来ているから体感した事だが(ガイドブックにも記載されていた)、この森には一種のヒーリング効果があるようだ。気のせいや思いこみによる作用ではなく、効能として公認されている作用である。もっとも、ごく僅かに、だが。
 具体的な効果として、例えばささくれだった心が凪いだり、肩こり腰痛の痛みが和らいだり。

 至福。今度編集連れてきたらあの人たちも落ちつくかもしれない。この森が賢者の私有地でなければ連れてきたのだが。

 そう、この温泉にマッサージチェア完備の手抜きお菓子の家にしか道が続かない森は、憎き賢者の私有地らしい。初代賢者から代々賢者に受け継がれるこの森は、当然ながら当代賢者、つまりは大陸きっての伝説の賢者で諸悪の根源の物なのだ。賢者と名がつくだけで嫌な気持ちが芽生えるが、森に罪はない。むしろ悪魔に所有されて可哀想だと同情さえする。

 さて、私有地なら私が入るのもダメなんじゃないかという当然の疑問は、ルメニアさんの人権を無視した回答で答えられる。
 ルメニアさんは、賢者から森の管理を(強制的に)任されたらしい。そして彼女は私の“特典”。私は賢者の所有地だろうと、この森をうろつく権利があるのだ――と、ルメニアさんが言っていた。相変わらず表情が死んでいた。

 よって使える物は使おう思考の私は、ルメニアさんに同情と感謝をしつつも、仕事がせっぱ詰まると森に逃げ込むようになった。あるいはルメニアさんのアパート。あるいはハイマーさんの古書店。あるいは……、……結構多いな。


 ――そして、ちょっとした冒険心を起こし、いつものルート(と言っても道らしき道ではない)を外れ、違う道を(と言っても以下略)歩く私は、“それ”と出会ったのだ。



 珍獣。……いや、マリモ?


 私がそれを見付けて最初に思ったのは、何とも冷静なんだか感想なんだか分からない、微妙なものだった。

 ふさふさしている。黒い。手のひらサイズ。一部異様に毛足が長い。……尻尾?

 ――ウィルアーロには、地球と同様の動物が住んでいる。猫や犬に始まって、ゾウやカンガルーもいる。ただ私も詳しい事は知らないから、ほぼ同じだから同一なんだろうと勝手に思っているだけで、動物学者に聞いたら違うのかもしれない。

 ただ重要なのは、ここには地球では想像上の動物が存在している事だ。初めてペガサスを見た時は驚いて腰が抜けた。ちなみに鵺もいた。和洋混合? 何でもアリ!? と盛大に突っ込んだのは今では良い思い出である。

 つまり何が言いたいのかと言えば、こんな珍獣がいてもおかしくない、ということ。

 動物園のパンダを見ている気分で好奇心がムクムクと湧く。私はパンダが好きだが彼らはマイペースで腰が重いからなかなか動きを見ることが出来ない。しかしこの珍獣は、どちらかと言えば小動物。動きがすばしっこくて見ていて飽きないタイプと見た。

 そして気持ちの赴くままに、こっち向かないかな、と近くにあった枝でつついてみる。

 びくり。
 珍獣が反応した。正に小動物らしい動き。毛をぞわぞわっと立たせ、そのまま振り返ったそれは――

「ま、まっくろくろすけ……?」

 に、酷似していた。




「おお、可愛い可愛い!」

 黒いの(名前分からないし)はとても愛らしかった。人並みに動物への愛着は持っているが、パンダ並みに可愛い生き物を見たのは初めてである。
 某ススワタリよりは大きく、拳大の一.五倍くらいの大きさで、目は少し垂れている。ススワタリの様に空をフワフワ浮くことは出来ないらしく、尻尾(仮)をパタパタ上下左右に揺らし、跳ねるように動いていた。どうやら手足はない様だ。なにこの生き物可愛い。

 小動物では珍しく、人懐っこい動物のようで、私が近づいても逃げずにじっとこちらを見上げてきた。

 ――きゅん。

 つぶらな瞳がぱちくりと瞬く。パンダとは違う可愛らしさ、言い方は悪いがあざと可愛い。自分の可愛らしさを分かって、相手(敵)の母性本能を刺激し危険を退ける生き物なんじゃないかと邪推する程だ。

 試しに手を差し出してみる。

 きょとん。ぽてん。ぴょこん。ぱちくり。

 ………。
 あざとい。動作があざといがしかしポイントをしっかり抑えている。この子は私を悶え殺すつもりだろうか。だとしたらすごい、絶対バレない完全犯罪である。

 注釈を加えれば、あざとい一連の行動とは、首傾げ(首がないから頭を横にしたせいでぽてっと転がった)→手のひらに乗り(ぴょいこら飛び跳ねた)→まばたき(その後じっと見上げてくる)である。何これくそかわ。





 手の上の黒いのを撫で回し、和む私にさっきから着信が鳴りやまない。
 まるっと無視して黒いのと戯れていたが、一つだけ、違う着信音に設定した音が響く。

 ……。

 ラスボスが現れた。
 後ろ髪引かれる思いだが仕方ない、クロークさん着信は無視出来ない。
 そうして一通り愛でた後、黒いのを手から下ろし、来た道を戻り始めた。




 ――私は知らなかった。その小動物が私をじっと見つめ、ぴょいこらぴょいこら私の後を着いてきていたのを。


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