短編 | ナノ




「きゃあああああ!勇者様!お会いしとうございました!」
「ちょ、静かに!リフィエ、静かにしてくれ!」

 わたしの朝は、けたたましい叫び声によって起こされました。寝起きでぼーっとする頭を振り、時計を確認すると時刻は4時。いつもの起床時間の1時間前です。洗面所へ行って顔を洗い、髪を梳かし、着替えを終えたところでふ、と気付きました。

 今、女性の声がしなかったでしょうか。

 我が家は3人家族です。仕事で家を空け世界中を飛び回る旦那さまを覗いて、今この家にいるのはわたしと息子以外いないはずです。それなのに、女性の声が……あろうことか、息子の部屋から聞こえます。私は息を呑みました。そんな馬鹿な――しかし、生憎とわたしの聴力は人並みです。叫び声を聞き間違える程、耳は遠くありません。
 おそるおそる息子の部屋に近付きます。「何でリフィエがここに!」「勇者様にお会いしたくて!」「ったく、カイロはどうした!?お前の教育係は!」「置いていきましたわ!」「はぁっ!?……って、ちょ、リフィエ静かに!」「んむぅ」――ぱたん。


 息子が金髪碧眼の美少女の口を手で押さえ、押し倒していました。

「………」
「………」
「………」

 お互い沈黙のまま、時間だけが過ぎます。わたしはドアノブを掴んだまま棒立ちでしたが、足がプルプル震えてきたのを感じました。息子は石化しています。女性は何やら話そうともがいているようですが、息子に押さえ込まれているため無意味に終わっています。しかし暴れたためか、その豊満な胸は息子に押し付けられていて、ひらひらとした衣服は乱れて白い肌が覗いています。…――ああ。

 息子が不純性行為を。

 わたしは崩れ落ちました。なんてことでしょう。勇者発言なんてたいした問題ではなかったのです。強姦、という2文字が浮かびます。早く女性を助けなくてはいけないのに、身体が動きません。
 のろのろと息子へと視線を向ければ、女性から離れた息子が、必死の形相で何かを訴えていました。ああ、3度目に見ます。過去2回よりも、必死さが滲み出ていましたが。

「母さん!リフィエは向こうの世界の王女!なんでかこっちに来ちゃったんだけど……、とりあえず、母さんが今思ってるのは誤解!誤解だから!」

 誤解ってなんでしょう。外国の美少女を誘拐して自宅で無理矢理コトに及ぶ息子。こんなテロップがわたしの頭をぐるぐる流れているのですが、それが誤解という事でしょうか。

「勇者様のお母様でいらっしゃいますの?お初にお目にかかります。リフィリエント=ヨルシュアと申します。どうかお義母さま、リフィエとお呼び下さいませ」

 女性は平然としています。という事は、合意の上での行為だったのでしょうか。丁寧な挨拶に育ちの良いお嬢様だと分かりますが、わたしはいったいどんな返事を返せばいいのでしょう。
 女性の日本語はすらすらと淀みなく――、もしかしたら、わたしが知らなかっただけで、息子と女性は長い付き合いなのかもしれません。なら息子が誤解と言うのも分かります。わたしは若い男女の営みを邪魔してしまったのでしょうか。いえ、でもさっき「勇者様」と……。息子も王女がどうのと言っています。もしや、言い方は下品ですが――そういったプレイなのでしょうか。世にはたくさんの特殊性嗜好があると聞いています。だから……、

 息子が、変態に。

 さっと顔が青ざめました。なんと言う事でしょう。女性のご両親に顔向け出来ません。確かに日本は性の情報が氾濫していますが、育て方を誤ったつもりはありませんでした。しかし、それはわたしの思い上がりだったようです。現に息子は、朝から女性を連れ込み、特殊な設定をつけて行為に及ぼうとしていました。ほろり。1度流れたそれは、とめどなく溢れて零れます。涙でぐしゃぐしゃになってしまったわたしを見て、息子は「やっぱ誤解したまんまだ母さんーっ!」と叫びました。同時にさっとハンカチを渡されます。こんなにいい子なのに、どうして……。

「お義母さま!泣かないで下さいませ!勇者様、お義母さまは涙もろい方なんですの!?ハッ!もしや勇者様との結婚に喜んで歓喜の涙を……!」
「リフィエちょっと黙ろうか。今喋ると絶対ややこしくなるから!」

 女性はよく分からない事を口走っています。あまり人に言ってはいけない事だけれど、少々変わった方のようです。ぽろぽろ流れる涙をハンカチで押さえ――別の考えが過りました。

 もしかして、女性も、おかしいひと?

 息子と一緒で、女性も妄想の激しい方なのかもしれません。昨日息子が言っていた「向こうの世界に召喚されて」に当てはめると、「こっちの世界にトリップしちゃった」という言い分なのかもしれません。息子の妄想によれば、「魔王を倒して王女様を助けてこちらの世界に帰ってきた」そうなので、女性の妄想も、「勇者に助けられて恋して想うあまり来てしまいました」というあり得ないものの可能性は十分にあります。…――ああ、もう、どうしたら――。


 わたしには何が正解なのか分かりません。このまま2人を病院に連れていくのがいいのでしょうか。見なかった事にして2人の仲を応援すればいいのでしょうか。くしゃり。顔が歪みます。「母さん!」「お義母さま!?」どうすればいいのでしょう。しゃくりあげながら伸ばした右手が掴むのは、苦手な携帯電話。苦手ですが、「ケータイは携帯しないと意味ないから」と弟に口を酸っぱくして言われ、たいして使いもしないのに、いつも持ち歩いています。それを開き、発信履歴の1番上を押して――、

「あなた、お願いします。ひっく、すぐに帰って、帰ってきて下さい……ひっく、帰ってきて、よぉ……っ」

 もしもし、もなしで、相手が出たかも分からないでそれだけ言って通話を切ったのに、わたしは彼は聞いてくれていたと、自信を持って言えます。仕事で忙しい旦那さま。わたしは滅多に我が儘なんて言いませんが、どうしてか、旦那さまはわたしが「きて」と言えば、どんなところに居てもやってくるのです。


「――……綾子(あやこ)」


 ほら、こうやって。

「あなた、聞いて、下さい……!あの子、勇者になったって言うんです!女性は王女様と!わたしたちの子供が、変な事を言い出すようになってしまったのよ!そんな、ゲームのやり過ぎ、よね。召喚だなんてそんな馬鹿な事がありますか……!」


 ぎゅっと抱き付いて思いの丈を吐き出します。息子と女性が口々に、「宰相!?」「は? 父さんが宰相!? オレを召喚した挙句結局オレの前には1度も顔見せなかった宰相!?」などと言っていますが、自分たちの妄想に他人を巻き込むのはよくないと注意するべきでしょうか。でも、今はもう少しこの温もりを感じていたいの。髪を撫でる手に、うっとりと目を閉じて。



「王女。押し掛け女房はやめて下さい。私も政務がたまってるんで、綾子愛でた後はとっととあんた連れて帰りますからね」



 ――……あぁ、旦那さままでおかしくなってしまったわ。


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