短編 | ナノ



剣くん

 剣(つるぎ)くんは不思議だ。

 私はよく、彼を見ていてそう思う。何度か言ってみたこともある。そのたびに彼は、「そんなことないよ」と笑うけど。

 剣くんの不思議なところ。
 一つはいつも、私の傍を離れないこと。
 剣くんは人気者だ。彼の周囲にはたくさんの人が集まる。老いも若きも、男も女も関係なく。彼らはこぞって私たちを引き離そうとするけれど、彼はてこでも動かない。「行かなくていいの?」と訊くたびに、「僕がここに居たいんだ」と微笑む。集まった人たちは忌々しげに私を睨んで、未練がましい目を剣くんに向けて去っていく。
 ある日、綺麗な女の人が、剣くんに抱き付いた。

「お願い、お願い。わたしと来て。わたしと来て」

 なりふり構わずそう懇願する女の人の瞳からは、きらきらした涙がこぼれ落ちる。潤んだ瞳で一心に剣くんを見つめ、同じ言葉を繰り返す彼女に、やはり剣くんは応えない。
 はらはらと落ちる雫が胸に刺さる。剣くんは「ごめん、冷たいよね」と私を気に掛けるばかりで女の人には見向きもしない。とうとう女の人は崩れ落ちて、両手で目を覆ってしまった。しゃくりあげる声に混じって、か細い音が彼女から漏れるが、何を言っているかまでは聞き取れない。ひとしきり泣き崩れ、真っ赤に目を晴らして彼女は帰っていった。

「剣くんは、どうしていつも私の傍にいるの」
「僕がそうしたいから」

 何度も交わした会話。剣くんはいつもそう。彼をあの手この手で連れて行こうとする人たちは、それでも上手くいかないことに激昂したり、泣き出したり、色んな表情を私に見せる。そして、それを見るたび私の心に影が差す。人の感情が乱れる様を、好んで見たいものなんているだろうか。けれど、剣くんが私から離れる離れないは彼の自由で、私がどうこう出来ることじゃない。どうして剣くんは、こんなにも沢山の人に求められているのに、それを拒み続けるのだろう。

 剣くんの不思議なところ。
 一つは、強い力を持っていること。
 ある日私は、いつもの様に彼を連れて行こうとして、他の人たちの様に失敗した男の人に、暴力をふるわれた。
 唾を吐かれ、蹴り飛ばされ、八つ当たりの暴言を吐かれた。
 剣くんは、怒った。
 烈火のごとく、怒り狂って、感情の渦がぐるぐると剣くんを取り囲んで、一直線に天に向かい、そして。
 まばゆい光が辺りを包んで、天から怒りの咆哮が落ちた。
 雷が、落ちたのだ。
 剣くんと私を守る様に、そこだけぽっかり避けて落ちた雷は、辺り一面を焼き尽くした。私の近くにいた男の人は無事だったけど、すっかり腰が抜けて泡を吹いている。
 剣くんは冷気を纏わせて、冷ややかに男の人を見ている。
 ずるずると這うように逃げ出した男の人を見送って、剣くんは私に声をかけた。

「大丈夫?」

 剣くんは、私に優しくて、とても頑固で、そして強い力を持っている。
 ますますどうして剣くんは、私の傍にいるのだろう。

 剣くんの不思議なところ。
 一つは、私の傍を離れないこと。





「心地よい天気だね」

 剣くんはほがらかに言った。
 季節は巡り、落雷で焼けた辺りも緑が芽生え、空気も澄んでいて気持ちよい。
 まるで剣くんの機嫌に合わせているみたい。
 何度も思ったことを、もう一度思う。
 あれからやっぱり剣くんは引っ張りだこで、それでもやっぱり剣くんは頑固に従わなくて、そしてやっぱり私の傍にいる。
 剣くんは変わらない。けれど私は、変わったことが一つある。

「あのね、剣くん」

 呼び掛けて、そして、彼に近付く男の子に気が付いた。
 言葉を続けることなく男の子を見つめると、剣くんは「どうしたの?」と続きを促してくる。
 剣くんの肩を叩こうとしているのか、手を伸ばす男の子に彼は気付いているはずなのに、まったく気にした素振りを見せずに私を見る。
 男の子を無視するようで気が引けるが、こうなった剣くんは絶対引かない。本当はもっと、改まって言いたかったのだけど。

「あのね、私。結婚するの。大地さんと」
「え」

 ぽかんと、初めて見る呆気にとられた表情で、剣くんは引き抜かれた。
 彼を掴んだ男の子に。





 いつのまにか辺りにはたくさんの人が集まっていて、口々に男の子を賛辞している。あれだけぴくりともしなかった剣くんを引き抜いたから、当然と言えば当然だけど。
 その剣くんは、呆然と、物も言えない様子で、少し心配になる。

「剣くん、どうしたのかしら」
「別に気にしなくて大丈夫だよ、台座さん」
「大地さん……」

 ふんわり笑って寄り添う大地さんに、私もにっこり笑って返した。

「そうね」


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