短編 | ナノ



ハイリスクハイリターンな人生を希望します。

 人間は死んだら甦るらしい。

 生前いろんな宗教でいろんな死後の世界があったものだが、どうやら答えは「転生」らしい。目の前でうんたらかんたら話す死後世界の役人(仮)によれば「輪廻転生」とは違う様だが細かい差異はどうでもいい。現状重要なのは、天才美女ピアニストとして世界に名を馳せていた私が、飛行機落下事故により若くして(35歳の誕生日だった)死亡し来世の岐路に立たされている事だ。

 来世の岐路。

 初めて使う言葉だ。今後使う事もないだろう。
 人生の岐路なんて言う場合は、たいてい二つの道から一つ選ぶ時に使うが、私には三つの選択肢が与えられている。
 日本のサラリーマンみたいに、とりたて特徴のない役人(仮)が、まさに儀礼的に上げた三つがこれだ。

「一つ、命を懸けて辛い人生に臨む。一つ、命を懸けて平穏な人生に臨む。一つ、命を懸けて最高の人生に臨む」

 極端な選択肢である。デットオアライブに密接に関わりそうだ。

「はい! わたしは命を懸けて平穏な人生に臨みます!」

 隣の少女が右手を高々と上げ、嬉々として叫んだ。
 今更だがこの人生相談所(仮)には、私以外に複数の人がいる。みんな若い。若さが眩しい。類い稀な美貌と潤いある肌を持つ私だが、ピチピチな女子高生(仮)には負ける。隣の少女は平凡な顔出ちだが綺麗な肌の持ち主だ。若いっていい。しみじみ思ってしまうのは、おそらくこの中では私が一番最年長だからだろう。役人(仮)は除く。しかし彼も見た目は年下だ。……いやいやきっと、見た目にそぐわぬご高齢な方に違いない。そうだ、そうに違いない。

「わ、わたしは、……命を懸けて、辛い人生に臨み、ます」

 次々と少女たちが自分の選択を口にする。そういえばここにいるのは、役人(仮)を除けばみんな女の子ばかりだ。私が女の“子”と言える歳かは置いておこう。
 ところで今さっき発言した女子中学生(仮)、見た目に似合わず大胆な選択だ。おどおどした態度はさておき(この状況なら頷ける)、長い前髪で表情が分からない以外は普通の少女に見えるのに、いったいどうしてわざわざ茨の道を選ぶのか。命を懸けてまで辛い人生を歩みたいのだろうか。マゾヒストなのだろうか。

 あ、マゾヒストなのか。

 納得したら興味が失せた。悪い癖だ。ピアニスト人生で富も名誉も男も簡単に得たから、「あれが欲しいこれが欲しい」という探求欲求が余りある私は「分からない」という未知のものに貪欲だ。その分一度結論が着けば、あっさりどうでも良くなってしまうのだが。手に入っても私が執着したのは、ピアニストとしての自分と、まあ、あとは男だろう。

「あなたはどうしますか」

 つらつらとりとめもない事を考えている内に、残っているのは私だけになっていたらしい。
 役人(仮)は相変わらず曖昧な表情で感情が読めないが、僅かに、ごく僅かに、どことなくつまらなそうな空気を醸し出していた気がした。

「あなたはどうしますか」

 もう一度催促する役人。やはり、つまらなそうだ。
 その雰囲気に、一応、もう一考してみる。おそらく選択は変わらないだろうけど。

 命を懸けて辛い人生。論外だ。命を懸けて平穏な人生。一見良さそうだが騙されない。平穏な人生を得るために命を懸けないといけないなんて、そんなの平穏じゃないじゃないか。矛盾もいいとこだ。おかしい。そもそも前提がどの選択肢も命を懸けないといけないのがポイントだ。なら、やはり答えは一択。

「命を懸けて、最高の人生に臨むわ」

 ハイリスクなら、ハイリターンしか認めない。







「了承しました。来世では前世の記憶は消えますので、新たな生をお楽しみ下さい」

 役人(仮)は応えた。やはり、儀礼的。――まるで私が何を選ぶか分かっていた様な――、

 そこで、意識が途絶えた。


***


 容姿も要領も運動神経も良かった。基本スペックを高く生んでくれた両親に感謝しつつ、勉強や習い事を頑張って多方面で才能を伸ばした。やりたい事をやらせてくれる両親の懐の広さと暖かさには感謝が尽きない。期待に応えたい気持ちと、努力が実った誇らしさと、自分を高める喜びを糧に、中学受験で私立の進学校へ入学し、大学受験も現役で有名国立大へ進んだ。学生時代は人に囲まれて過ごし、学んだ経営学を生かして今では敏腕女社長として世界を飛び回っている。

 順風満帆。難を上げれば命の危険が絶えない事か。

 親の裕福が仇になり、幼少時は誘拐や誘拐未遂が多発した。
 学生時代はやっかみや嫉妬を受け、地味な嫌がらせを受けた。階段から突き落とされた事もある。あれは死ぬかと思った。「××や○○を誑かして! このクソ女! 私がそこにいるはずだったのに!」と叫んでいたと私の素晴らしい記憶力は訴えているが、彼女はその後どうなったのだろう。平凡な顔立ちだが綺麗な肌の子だった。
 会社が成功してからは、ちょっと裏の人たちとも関わらざるを得なくなった。断言したいのは私の会社はまっとうな会社である事だ。不正はしていないし、不正なんて三流の所業をしなくても十分やっていける才能を私は持っている。近づいてくるのは向こうからなのだ。困ったものだ。
 先日もリトアニアの国境を越えた辺りで銃撃戦に巻き込まれた。階段落下なんてめじゃない。運良く相手方の刺青に見覚えがあって、そこのボスに連絡をとって事無きを得た。彼は個人的な取引関係から発展した友人だ。人脈作りの大切さを改めて認識させる一件だった。そういえば銃撃隊を率いていた前髪が鬱陶しい女性が、彼にきゃんきゃん吠えていたがどういう関係なんだろう。彼女が彼に向ける瞳は間違いなく欲を含んでいた。まさか痴情の縺れに巻き込まれたんじゃなかろうな。一瞬疑ったが彼が彼女に向ける瞳は醒めていたから違うのだろう。主人とペットに違いない。

 人生を通して危険は尽きないが、やはり幸福だった。一昨日、以前からお付き合いしていた男性に、結婚を申し込まれたのだ。諾と応えた私の指には婚約指輪が光っている。未練なんてない人生を送ってきたが、これが結婚指輪でないことだけが、唯一の未練と言えるだろう。


 腹に熱さを感じ、視界は真っ赤に染まりながら走馬灯が走りぬけ、自分の人生の終わりを感じて目を閉じた。







 死後にも世界はあるらしい。私には三つの選択肢があるようだ。
 しかしまあ、何度考えても答えは変わらないだろう。サラリーマン風の男が答えを急かすのを受け、ゆっくり口を開く。リスクが高いならやっぱり。

「ハイリスクハイリターンな人生を希望します」




×××

 彼女はどんな時代、どんな世界で出会ったって、いつも変わらない。頑張り屋さん。努力の人。言い方は違っても彼女をよく知る人たちは、そんな風に言うのだろう。才能を持っていたって、伸ばす努力をしないと意味がない。昔は神童、天才と持て囃された者だって、大人になればただの人なんてザラにある。彼女は自分に甘えない。いつも上を見ている。そんな人間性に惹かれたんだ。だから私も努力する。彼女に見てもらえる様に。彼女の隣に立てるように。彼女と一緒にいられるように。

 彼女の事だ、どれを選ぶかなんて分かり切っている。選択肢なんてあってないようなもの。そして彼女がそれを選ぶなら、私が同じ道を選ぶのは必然だ。

「ハイリターンな人生を」

 私は何度だって、この道を選ぶだろう。


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