彼らの恋愛事情 | ナノ



女性視点*宮下和奏の場合


 思えば、今日は朝からついてなかった。

 起床。目覚まし時計が壊れていた。五時間前。着衣。普段着ている服が洗濯中で、滅多に着ない派手な衣服に身を包み、家を飛び出した。四時間半前。定期を忘れた。四時間前。タクシーを捕まえて会社に向かう途中、携帯が着信を告げた。三時間前。社長から今日の予定の変更を告げられた。三時間前。出社する必要がなくなった。三時間前。タクシーを降りてショッピングに予定を変える。三時間前。途中でメールが入った。二時間前。拓くんは忙しいらしい。今夜の予定をキャンセルされた。二時間前。仕方ないよ。また今度ねと返して自棄くそ気味に街をぶらつく。ついさっき。

「黙れ、失せろ」

 そして今、親切心百パーセントで、普段はスルーのイケメンに彼が落とした携帯電話を差し出した私へ浴びせかけられた言葉がこれ。なんだろう、今日は厄日なのかしら。

 虫でも見るような一瞥をくれ、去っていくイケメンに殺意が沸き上がる。

 何度声をかけても無視され続けられた挙げ句、親切心を無下にされ、暴言吐かれるなんて経験、滅多にないだろう。

 呆気にとられて彼の後ろ姿を見るしかない私の周りを、ざわざわと言葉が飛び交った。

「なに今の。あいつ酷くね」
「お前、イケメンだったから僻んでんだろ」
「ちげーよ。だって落とした物拾ってあげただけだろ?なのに礼さえ言わないんだぜ」
「え、何あれ落とし物なの?アド交換迫ってんだと思った」
「やだーあのコカワイソー」
「美人なのになぁ」
「あれじゃない?あーゆー遊んでそうなのはタイプじゃないんじゃない?」
「あ、それ分かるー。『俺の内面を見てくれる人がいいんだ』みたいな?」
「真面目そうなタイプだったしな。あんまお色気お姉さんは得意じゃないとか」
「オレはもろタイプ!」
「ばーか相手にされねーよ」

 ――ああ、ついてない。

 前半はともかく後半は何なのかしら。何で私がフラれたみたいになってんの。何で私が勘違い女みたいになってんの。何で私がカワイソーみたいになってんの。

 ――ああ、苛々する。

「慌てた様子で何か探してる人がいたから声かけただけなのに!恩を仇で返すってこういう事なのね!もう、信じられないあの男!何度も何度も『あのー』って言わせといて最終的に『黙れ、失せろ』!?馬鹿にしてんの!?私が逆ナンで声掛けたとでも思ってんの?不服だわ。あんな『なんだコイツありえねー逆ナンとかないわー』みたいな自意識過剰な勘違い男より拓くんのが何っ倍も格好良いってんのよ。拓くん拓くん会いたいよ拓くん。ねぇ今日どんなに遅くなってもずっと待ってるから、やっぱり一緒にいてくれない?……いきなりごめん。それじゃあ、またね」

 遠巻きにこちらを窺いヒソヒソと話す彼らに、居たたまれなくなって、駆け出しその場を抜け出すまで、あと十秒。昼休みを見計らい、拓くんに電話をするまで、あと五分。電話口で慰めてもらい、今夜の約束が復活するまで、あと十分。仕事帰りの拓くんに、ぎゅっと抱き付くまで、あと十時間。よく行くスーパーの顔馴染みさんが、あの男の大切な人だと知るまで、あと1日。



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