宮廷書記官の復讐記録 | ナノ



【オヴレシア滅亡】


 後の世で、魔術がどの様な物に変質しているかは分からないが、とりあえず現在の魔術は、それほど大それたモノではない事を明記しておく。
 古代の書物にあるような、夢溢れる魔法は全くない。現代魔術とは、平たく言えばみみっちい、些細なモノである。願い事が何でも叶うようなモノでもなければ、不思議現象を引き起こす、未知の分野でもない。現代魔術の原点は科学であり、魔導士とは知性の塊である。

 例えば、魔導士は火を出せる。
 しかし、通常煮炊きで必要な火力程度の物しか出せない。
 例えば、魔導士は遠くまで見える目を持つ。
 しかし、それは常人より少し視力が良い程度でしかない。

 魔術がなくても不便はないし、魔導士がいなくとも生活は成り立つ。魔導士の存在理由とは、より良い生活へ向けた発明の、一助であれというものなのだ。

 ――が、何事にも例外は存在する。

 その筆頭が我が師匠アルファと兄弟子オズワルトであり、また、カルフシアお抱えの魔導士たちであった。

 カルフシアお抱え魔導士たちは、まだ許容範囲内と言えよう。彼らは通常と比べ、ある特定の分野において、個々にそれぞれ得意魔術がある。
 治癒力の高い者、千里を見透す目を持つ者、攻撃力の異様に高い者。
 彼らは一部に特化して、凄まじい、絶大な力を誇り、他と一線を画している。それこそ古代の書物の様な、妖しい術を扱うのだ。

 が、しかし。そんな彼らの更に上を行くのが、師匠と兄弟子だ。
 この二人はもう、何と言うか次元が違う。根底から違う。原子レベルで違う。人間じゃない。
 適確に凄さを表せる表現が見つからないが、この二人を表す言葉として、私がよく使うのがこれだ。

『彼らに出来ない事はない』

 それは文字通り、何もない。不可能という言葉を知らないのかと言う位、何もない。“死者を生き返らす”“時間を巻き戻す”こういった、倫理や自然摂理に反する――つまり、元々の魔術(かがく)の根本に対して、反科学的な――科学的に不可能な現象は除くとして、出来ない事は、本当にないのである。
 彼らにかかれば、恐ろしく離れた距離からでも逐一敵国の情報を探れるし、実際に手を下す事も朝飯前だ。この場に居ずにして金ダライを落とす事も出来るし、火事を起こす事も出来る。適確に王の頭上に鳥の糞を落とす事だって出来る。

 常識の通じない規格外。それが彼らだ。

 もっとも、命に関わる面倒な誓約により、いたずらにその暴力的な力を振るう事は出来ないから、そんな危険な魔導士たちが一つ処に集まっても、大きな国際問題には発展しないのだが。特に、その一つ処が善政を敷くカルフシアである事も、理由の一つであろう。

 と、まぁ現代魔術について少々記したが、これはあくまでこれから語る話の導入に過ぎない。長々と語ったのは、ひとえに“これ”を知って欲しかったからだ。

 ――“これ”、つまり。

“そんな力を持つカルフシア相手に、明らかに自分に非があるくせに宣戦布告するオヴレシアって、ものすっごい残念な国だよね”


 ――閃光が舞い、黒煙が立ち上ぼり、悲鳴と崩壊の音が交じり合う。

 嵐の前の静けさ。やはりそれは正しかったらしい。


***

「なんとかせぬか!何のために今まで生かしてやったと思っておるッ!救ってやったその命、今こそ余のために使う時であろうッ!」

 上記の言葉は今現在、珍しく玉座から自主的に離れ、私の仕事場である埃っぽい書庫にて、喚いて呻いてまくし立てる、皆大好き我らが王のものである。

 美声はいつもの様に素敵だが、赤ら顔を更に紅潮させ、せわしくなく貧乏揺すりでバックの喧騒にビクつく姿は、とても一国の王とは思えぬ、残念極まりないものだ。いつもそんな感じだが、今日は当社比五割増しの残念加減。最期の時くらい王らしくあれよと思う。私の父は……失敬、今は関係ない事だ。

「指揮をとっているのはオズワルトか、アルファか!?よもや王族が自ら……ええい、話の通じぬ蛮族めが。余をなんと心得る。野蛮なカルフシアの賊軍が、高貴なる余の宮に足を踏み入れる事さえおこがましいと言うのに…、く、近衛は全滅。勇軍じゃ、勇軍を募れ。民に触れを出すのだ。余を守る任に就けるのだ。下餞な者には過ぎた栄誉であろう!」

 良い考えが浮かんだ、とばかりの顔だ。本心から思っているのだろう。残念なだけでなく、おめでたい王である。
 思えば王がまともな判断を下せたことがあっただろうか。私欲を貪り傲り高ぶり矮小な己を知らぬ。破滅思考の宰相の言に惑わされ、追従する近従の甘言にだけ耳を傾け、ぬくぬくと毒の籠の中で生きる王。目的があるとは言え、我ながらよく今までこの王に仕えてきたものだ。

 ギクリと王が動きを止めた。
 そう言えば王は、声だけでなく耳も良かったと思い出しながら耳を澄ますと、足音と、鎧や剣が擦れ合う様なカチャカチャした音が、僅かにだが聞こえた。ちらりと王を見れば、血の気の引いた白い顔で、ガクガクと身体を震わせている。音が此方へ近付いてくるに連れ、震えは増すようだ。豪洒な衣の下で、身体中を覆う厚い脂肪も波打っているのだろうと思えば、こんな時なのに笑みが零れた。
 それをどう勘違いしたのか、王は「何か策があるのか!」と問うてくる。策?あるわけない。カルフシアに喧嘩売った時点…いや、あの兄弟子の恋人を拉致った時から、此方に勝ち目はないのだ。そも、この王が玉座に座ったことが、既に滅亡の始まりだったと言える。始まりから終わっているのだ。あとは被害をどれだけ最小限に抑えられるか――それが、マグノス朝の政治だった。もっとも、事態は予期した最悪路線を、ブレーキを掛けることなくノンストップで走っていたのだが。いや、まだ過去形にするには早い。まだ、まだ王は生きているのだから。それが、あと少しの命であろうと。

 音が更に近付く。澄まさなくとも、普通に聞こえる地点まで、破滅の使者(かれら)はやって来た。

 焦る王は再び貧乏揺すりを始めた。焦点が合っていない。流石に自らの死を意識したのだろうか。この王にそんな感性があるとは、とても思えないけど。

「誰か…余を、余を助け…」

 この期に及んでまだそんな事を言う王に、今度は意識して笑みを浮かべ、嘘偽りない真実を語ってやる。

「近衛兵は、カルフシア接近を受け、全員が辞職を願い出ました。主な貴族は他国へ亡命、彼らの私兵もそれぞれの主に付き従うか、家族と共に避難しております。後宮は封鎖。妃方、並びに侍女、後宮警備にあたる女騎士は、皆実家に下がらせました。この宮殿に残った他の貴族は、尽くカルフシアに討たれているでしょう。軍事力には圧倒的な差があります。現実を見れない貴族官吏(ばか)が思いの外多かったのは認めますが、その程度、カルフシアにとっては取るに足らない事象でしょう。王を守る者はいません。あんなに執着していた玉座を手放してまでこんな所に来たんです。分かっておられるでしょう。勿論大事な民を王の為に動かす気はさらさらありませんし、民だって好き好んで王の為には動きません。大人しく最期の時を待って下さい」

 目線を下げずとも、手はすらすらとこの記録をとる。やはり何年も同じ仕事を続けていれば、これくらい余裕で出来るんだなと、感慨深い念を抱いて終末の記録を書き続ける。これが私の最後の仕事だ。筆まめが破れて血が出てきたが関係ない。その血で紙が汚れようが、揺れる宮殿のせいで、天井の欠片がパラパラと落ちてこようが関係ない。これが私の仕事だ。これが私の目的だ。オヴレシアの、マグノス=セスティアロレス=オヴレシアの終わりを、同情の余地なく惨めったらしく虫けらの如く書き記してやろうじゃないか。

 音が、近付く。近付く、近付く、近付く、近付く、近付く。

「いたぞ!!――――」
「――――――!―――ッ!」
「―――っ!」
「――――」

 王が、私の首に手を掛けた。脂ぎった指が気持ち悪い。
 飛び込んできた、薔薇背負った第一王子そっくりの男と、数日ぶりに見る元同僚、そして王が何事か言い争う。首を圧迫する指を剥がそうと、鬼の形相で駆け寄る元同僚の後ろに、姿を見るのは8年ぶりの、懐かしい兄弟子が見えた。

 圧迫感が消える。目の前には赤。てん、と転がる王の首。


 ――そして、オヴレシアは滅びた。



【オヴレシア国記】
―マグノス歴8年宮廷日録
書記官 ラヴェンナ=ルシェド



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